POP2*5

過去にはてなダイヤリーで連載してた連載コラムのアーカイヴです。

アーティスト人物録:スタンプ


 これは、98年に『電子音楽 in JAPAN』の公式ホームページで、怒濤の月刊記事更新キャンペーンをやっていた時の、最終回の記事である。公式ホームページのころは、拙著のPRのためのサイトという性格もあって、あまり内容とブレがないようエレクトロニックな音楽の話に限定していたのだが、実際の私はというと、アコースティック音楽もプログレアヴァンギャルドも好きな雑食型。そんなに好きでもないエレポップだとか、読者ウケしそうなネタの翻訳記事ばっかり書いてると、どうしてもフラストレーションがたまってしまうため、最後の最後だけ、関連性は薄いが大好きなバンドのネタをやって終わろうと思って取り上げたのが、イギリスのスタンプというバンドである。
 実は、このブログを始めるに当たって、友人でもある某著名メディア評論家T氏の助言が、私の心を動かした部分が大きいのだが、その彼が某雑誌で、インターネットの検索エンジンの面白さを説明するときに、過去のエピソードとして披瀝していたときにあげていたのが、スタンプの名前だったのである。これには正直驚いた。おそらく、音楽評論家の方でも、スタンプのことをご存じの方は少ないだろう。だが、私が記事化してから8年が経ったが、その後、ハイ・ラマズの一員としてメンバーのケヴ・ホッパーが来日したり、ミュージカル・ソー奏者としてソロ・アルバムも数々発表したりと、広く名前が知れ渡っているということらしい。そこで、アーカイヴ再録のしょっぱなとして、スタンプの記事を取り上げることにしてみた。ちなみに、当時は来客にマメにレスをいれるようなおもてなしモードな雰囲気のサイトだったので、「ですます調」で書かれているが、今みたいな言い切り調に改ざんするとノリが変わってしまうので、手を入れない形での再録とした。言い切り文体のサイトに、突如「ですます調」の文体が登場してくるのは読みにくいだろうが、どうかご勘弁願いたい。
 それともう一つ、昨年サービスが開始された、今が旬の動画SNSYouTube」で、現在はスタンプの映像を見ることができる。彼らの映像が見られるなど、サイト開設当時は夢にも思っていなかったこと。初期のディーヴォみたいな、シュールレアルな「バッファロー」のPVは、音楽だけで彼らに演奏ぶりを想像していた、20年来の極東のファンの期待を裏切るものではなかった。ああ、改めて思う。あのころに彼らのライヴが見れていたら……。





 更新キャンペーン最終回は、最後の最後に作者お気にいりのグループ、スタンプを紹介します。インターネットのウルティメイト・バンド・リストにも載ってないイギリスの超マイナー4人組バンド。90年ごろ、ひょんなことから作者はケヴ・ホッパーというアーティストのソロ・アルバムを聴くことになり、「イギリスのホルガー・ヒラー」のこのヘナチョコ変態ポップにノックアウト。そして、彼がそれ以前に所属していた、すでに解散していたスタンプの存在を後から知ることとなります。スタンプには数枚のアルバムがありますが、最終作はなんと大手メジャーのクリサリスから発売。しかも共同プロデューサーがホルガー・ヒラー、プログラミングを奥さんの小林泉美が手掛けています。当時は唯一『フールズ・メイト』がレコード・レヴューで取り上げたぐらいで、ほとんどのマスコミが無視していた、しかし作者入魂のこのバンドを、この10年の輸入盤店通いで知った情報を掻き集めて、足跡をあらってみたいと思います。『テレビ探偵団』の泉麻人よろしく、もしスタンプをご存じの方でこの記事を読まれた人がいれば、ぜひ情報を提供いただけると作者は喜びます。目撃情報まってます。
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 80年代中期に結成されたスタンプは、ミック・リンチ(ヴォーカル)、クリス・サルモン(ギター)、ケヴ・ホッパー(ベース)、ロブ・マッカーヒィ(ドラム)の4ピース・バンド。基本形はおそらく、キャプテン・ビーフハート&ヒズ・マジック・バンドあたりの、ねじれたブルースやカントリーをベースにしたものでしょうか。ギタリストはロバート・クワイン風の不協和音やスライドを操り、ベーシストはなんと超バカテクでスティックを弾く。おまけにベルリンで録音したアルバム『A FIERCE PANCAKE』でノイエ・ドイッチェ・ヴェレの要人、ホルガー・ヒラーとコラボレートして以降は、ベースのケヴ・ホッパーがサンプリング・マシンを兼任することとなり、ホルガー真っ青のダンス・オリエンテッドなシングルを出したりという、謎の展開を見せることとなります。
 もっとも最初のリリースは、おそらく86年にRon Johnson recordsから自主制作で出た「BAFFALO」のシングル。後にリメイクされてアメリカでもリリースされる、彼らの代表曲です。これがなんと、英国の『NME』監修の名コンピレーション『C86』に再録されることに。しかし、プライマル・スクリームパステルズ、マッカーシーらの初期音源を収録した、ネオアコ史の中でもたびたび検証されている同コンピの中でも、唯一彼らのことに触れた記事は過去にも読んだことがありません。今、聴いてみても、他のバンドとはあきらかに異質な「わ かりにくい」音を奏でています。
 続いてStuff recordsから初のアルバム『QUIRK OUT』をリリース。これは、カラー・フィールドのファーストなどを手掛けたネオアコ界の名匠、ヒュー・ジョーンズがプロデュースした、のっけから完成度高しの大傑作! 騒がしいラウンジ・リザーズというか、ソフト・ボーイズの再来というか、パンク版レジデンツというか、まさにビーフハートゆずりの変態ポップのつるべ打ち。冒頭曲「KITCHEN TABLE」は、シェイメン、ウエディング ・プレゼント、ジューン・ブライドスなどを紹介しているVA『A DIFFERENT KIND OF TENSION』でもリメイク収録されているもの。また、「BITPERT ACTOR」は、のちにメジャー・デビュー盤に収録される「BOGGY HOME」のプロトタイプ的な習作のよう。
 同年には、続くEP『MUD ON A COLON』を、エンジニアのダニー・ハイドの協力でセルフ・プロデュース作としてリリース。「ORGASM WAY」や、前作の「TUPPERWARE STRIPPER」に代表されるように、スタンプにはシュールレアリスティックな変なタイトルが多いのですが、このへんのダダっぽさって、一時のラウンジ・リザーズのセンスに近いかも知れない。「ICE THE LEVANT」は、のちにシングル「CHAOS」のシングルのカップリング曲として、ヒュー・ジョーンズのプロデュースでリメイクされる佳曲。また、この時期のリリース攻勢はすさまじく、間髪を入れずに、Pinnacle recordsの傑作コンピ・シリーズ『FUNKY ALTANATIVE』の第2集に、のちにメジャー盤の冒頭曲を飾ることになる「LIVING IT DOWN」のセルフ・プロデュース・ヴァージョンを提供しています。『C86』とは違い、タックヘッド、クリス&コージー、カラー・ボックス、マーク・スチュワートなどが並ぶ同シリーズのオルタナ路線こそ、スタンプが目指す音の世界に近いものという感じなのですが、ここでも同類の音の洪水の中で、印象的なプレイを残しています。この時期の、日本で唯一彼らを紹介していた『フールズ・メイト』の記事には、「裏XTC」なんていううれしい形容もあり。確かにジーン・ラヴズ・ジサベル、ウッデン・トップス、ドクター&ザ・メディックス、ペレニアル・デヴァイドなんていう屈折したXTCフォローアーがひしめきあっていた、80年代中期のロンドンの空気は、彼らのサウンドにも色濃く反映されているなあと納得できますね。資料は乏しいバンドながらも、デビューしてすぐにBBCレディオ1の人気プログラム“ジョン・ピール・セッション”に出演しており、Strange Fruitから出ているライヴ音源シリーズ『THE PEEL SESSIONS』が、まだジョイ・ディヴィジョンなどの時代の音源のレコード化に取り組んでいた初期のころに、Vol.19で彼らのライヴ盤をリリースしていることからも、実はファンが多かったことがわかるでしょう。同ライヴ盤では「KITCHIEN TABLE」「ORGASM WAY」「 GRAB HANDS」「BAFFALO」などの初期の代表作をプレイ。ダビング一切なしで、超バカテクでレコードを再現してます。ドタバタなスラップスティックなリズム隊は、ある意味でジョン・ゾーンのネイキッド・シティー的なカートゥーンサウンドを先取りしてたと言えるかもしれないですね。また、ライヴで聴けるミックのヴォーカルは、ちょっとデヴィッド・バーン的と言えるかも。

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 88年には、ウルトラ・ヴォックスなどを擁する大手クリサリスとメジャー契約し、なんと共同プロデューサーにホルガー・ヒラーを迎えて、ロンドンとベルリンで録音したアルバム『A FIERCE PANCAKE』を発表。それまでの音で、すでに変態志向をうかがわせつつも、ここでのホルガー起用にはバンドとして大きな飛躍があります。とはいえ、ホルガー十八番のサンプルを駆使したオーバー・プロデュースではなく、スタンプの売りである4ピースのバンド・アンサンブルの演奏を生かし、エフェクトなどで色付けや奥行きをコントロールするという、端正なプロデュースを実践しています。プログラミングはホルガーの奥さんのミミが担当。最終的なまとめ(ポスト・プロダクション)を、第1作に続いてヒュー・ジョーンズがサポートしています。ここからは、東欧風のバンドネオンの導入部から、一転して怪しいスパニッシュ・メロディと陽気なつんのめりビートが交錯する「CHAOS」をシングル・カット。ハリウッドの名俳優チャールトン・ヘストンを讃えた、そのま んまなタイトルの「CHERLTON HESTON」という曲のみ、場違いにもジョン・ロビーのプロデュースのクレジットが。この曲は、蛙の泣き声のサンプルのシェイクに、陽気なカントリーのメロディー、4ビートのスウィング・ベースがかぶさる、なんとも例えようのない にやけた世界。なんと、UKの知られたDJチームらしいイレジスタブル・フォースにミックスを任せ、大幅に改竄された「Light! Camel! Action! CHARLTO HESTON MEETS THE IRESISTIBLE FORCE」というクソ長いタイトルに改めて、セカンド・シングルとしてこの曲がカットされます。この謎のダンス・ミックスは、イントロに映画『ベンハー』の序曲をまるまるコラージュする大胆不適さが、まさにホルガー・ヒラーゆずり。しかし、ホルガーは離れて、ここでのサンプルはケヴ・ホッパーがアイデア出しをしているようで、原曲にはなかったロシア民謡バグパイプ、オーケストラ・ヒット、歯ブラシの「シャカシャカ」音などのサンプルが 目まぐるしく登場します。このへんは、ホルガーが抜けた後のパレ・シャンブルグやトーマス・フェルマン・ソロのダンス・オリエンテッド志向に近い印象が。ピロレーターがプリンスみたいな音に挑戦している『トラウムランド』に象徴されるような、“ドイツ解釈的ファンキー”を体現している感じでしょうか。B面ののどかなカントリー「THE RATS」、ファンキーなXTC風チューン「ANGST FORECAST」が作者のお気にいりで、以前FM京都の番組にゲスト出演したときにかけさせていただいたほど。また同アルバムは、のちにアメリカでもリリースされますが、これには彼らの初期の代表作である「BAFFALO」が追加 収録されています(テイクは『QUIRK OUT』とまったく同じもの)。これがさらに、イギ リスでシングル・カットされ、これが実質上、スタンプの最後のシングルになるのです。
 その後、現代美術家で、自作の『HERE IS MY SPOON』なるシンガー・ソングライターとしてのアルバムも出している、エドワード・バートンのトリビュート盤『EDOWARD NOT EDWARD』に参加。初期の808ステイトが「DORRY DOG」なんていうユニークな曲を提供している同アルバムには、インスパイラル・カーペッツ、ファティマ・マンション、ルイ・フィリップなどが曲を提供していますが、ここでスタンプは、ロブとケヴ「KING OF A FLAT COUNTRY」、ミックとクリス「KNOB GOB」の2チームに別れて参加。それぞれが“ハーフ・オブ・スタンプ”なんていう洒落たクレジットになっています。後者はもろスタンプ風のゴジック・フォーク。リリース元のWOODENのロゴマークが切り株のマンガなのですが、これってスタンプ(=切り株)とは近しい間柄のレーベルってことなんでしょうか? そし てどうやらこれが、スタンプとしての活動の最終仕事のようです。
 89年、ベース&サンプルのケヴ・ホッパーが、突然ソロ・アルバム『STOLEN JEWELS』 をリリース。どこまでマジでやってるのかわかりませんが、水の弾ける音や、ドアの軋みをサンプルしたリズムの織り成す、万華鏡のような世界はまさに「イギリスのホルガー・ヒラー」と呼びたいサウンド。曲によっては、ザッパのシンクラヴィア盤のように楽曲として優れてロック的なものもありますが、多くはガムランのループのような、アタタック風な幼児的反復リズムの応酬といった印象です。同アルバムには、元スタンプの同僚、ロブ、クリスも参加。「CHAIN SMOKIN」のドアの軋みのコラージュや、テルミンの音など(つまり煙草中毒者の幻覚の意味?)は、フランスの初期のミュージック・コンクレートのような、正調シュールレアリズムの世界ですね。ここからは、『カルカドル』時代のP-modelを彷彿とさせるフォルクローレ風の「THE SOUND OF GYROSCOPES」をシングル・カット。このB面の「AN 80's POP SONG」は、モーリス・マーシャルをヴォーカルに迎えて、スクリッティ・ポリッティ的な80年代サウンドを茶化したような16ビートの極悪なダンス・トラックを披露しています。そして、これはオモロイ話なのですが、『STOLEN JEWELES』を出していたレーベル、Ghettoを一時期、日本の東芝EMIが配給していた時期があるのです。ペイル・ファウンテンズを前身とするシャックの『Zilch』などの良質な作品を出していたGhettoですが、元BOφWYの布袋寅泰が同レーベルの大ファンで、彼のイントロデュースで東芝EMIから90年前後に数タイトルをリリース。ケヴのアルバムは当然、内容の難解さからリリースは見送られたようですが、ところがどっこい、同レーベルの布袋監修のコンピレーションに1曲、ケヴの曲を収録。そして、なぜが「THE SOUND OF GYROSCOPES」の CDVだけが正規に日本でリリースされているのです。スタンプ時代の音も、ケヴのアルバムもリリースされていないのに、結局これ1枚が唯一のスタンプ関連の日本盤リリースとなったというわけです。歴史とは異なものであります。