POP2*5

過去にはてなダイヤリーで連載してた連載コラムのアーカイヴです。

アート・オブ・ノイズ『And What Have You Done With My Body,God?』(4CD BOX)とその他の関連盤

 シール、t.A.T.u.ほかを手掛けるイギリスの著名プロデューサー、トレヴァー・ホーンが、83年にアイランド傘下にレーベル「ZTT」を発足。そのカタログナンバー1番としてデビューを果たした、謎のグループだったアート・オブ・ノイズの、ZTT時代の全貌を公開した4枚組CD BOX『And What Have You Done With My Body,God?』が遂にリリースされた。構成は、当初予定されていた3CD+1DVD(全PVを収録)ではなく、4CDに変更。だが、主だったPVはすでに商品化されているので、CD1枚分の音源が加わったのはファンとしてありがたい。結果、彼らのデビュー・ミニ・アルバムであり、実はもっともファンが愛着を持つ一枚でありながら、正しいヴァージョンを入れた形でCD化されてこなかった『イントゥ・バトル』が、Disc4に初お目見えしている(但し“リマスターとして初収録”と記載。「ビート・ボックス」の初期ヴァージョンが密かにCD化されたことがあるという噂は本当だったのか?)。このDisc4のみ曲解説が省かれているため、おそらくDVDからの変更は、急遽起こったアクシデントだったのだろう。
 私が上京して初めて買ったレコードが、このアート・オブ・ノイズ『イントゥ・バトル』であった。後に、アイランドと契約していたポリスターから日本盤が出ることになるが、それより約半年前に輸入盤で入手したことになる。上京前に坂本龍一の『サウンドストリート』で曲がプレイされていたので、83年の初頭にはすでにディスクは出回っていたのかも知れない。初めて外盤専門店に行って、そこで買ったアルバムだったので、思い入れもひとしおであった。たまにDJを依頼されたりすることがあると、必ずこの冒頭の「バトル」〜「ビート・ボックス」をここぞというところでプレイしていた。伊福部昭のような重厚な新古典主義的なリズムで始まる「バトル」から、巨大ロボが鉄の全身を軋ませて歩くようなドカドカした「ビート・ボックス」につながる、敵機来襲みたいなストーリーを想起させるインパクト(陳腐な表現で申し訳ない……)。デビュー時は、トレヴァー・ホーンが関わっていること以外、一切のインフォメーションがされていなかったので、顔の見えない黒船上陸みたいなこのグループについて、「こいつらはどんな凶悪な連中なのだろう」といつもガクプルな気持ちで接していた。グループ名“騒音の芸術”は、20世紀初頭のイタリアの美術運動「未来派」の時代に書かれたルイジ・ルッソロの宣言文(詳しくは『電子音楽 in JAPAN』で読んでね)から引用。教会画のジャンヌ・ダルクの肖像をジャケットに用いた、やたらに意味深でコワモテなアートワーク。その音を聴いて、坂本龍一氏がトレヴァー・ホーンに直々にプロデュースを依頼した逸話もある通り、『未来派野郎』というアルバムも、いうなればアート・オブ・ノイズ登場の衝撃が産み落としたフォロアーのような存在なのだ。
 イタリアの「未来派」の発生は、ルッソロの宣言文(13年)に先駆けて書かれた、美術家のブルッテルラによる『未来派音楽宣言』(10年)という書物に端を発している。産業革命時代の余韻さめやらぬ中、「重工業時代」の到来を告げる20世紀初頭に誕生。工場が発していた耳障りな騒音を美的に捉えるというこの“未来派”の考え方は、メンバーをみればわかるように、音楽というよりは美術界で起こった革命である。後のフランス発祥のダダイズムなどに通ずる、素人が権威を掻き回す「反芸術主義」の先駆け的な動きだった。
 アート・オブ・ノイズはこの未来派の“騒音芸術”の概念を、まだ誕生したばかりだったサンプラー(フェアライトCMI)を駆使して現代に蘇らせるというコンセプトで登場。所属するレーベル名「ZTT」も未来派の書物から拾った、「Zang Tumb Tuum」という意味のない衝撃音の頭文字をとった、いかにもなダダなモチーフから取られていた。ところが、アート・オブ・ノイズのアルバム自体の音楽性はずっと高級で、教会音楽もかくやという荘厳な響き。デザインもユーモラスな未来派よりコワモテなゴシックな雰囲気であったため、その一点がずっとファンとして不思議に思っていたところだった。後にグループは、デビュー・アルバム『誰がアート・オブ・ノイズを…』リリース直後にZTTを脱退。当時クリサリスと販売契約していた新興レーベル、チャイナへと移籍する。なにしろそれまで日本のファンは、“アート・オブ・ノイズトレヴァー・ホーン単独グループ説”を本気で信じていたぐらいだから、その正体が実はアン・ダドリー、JJジャクザリュク、ゲイリー・ランガンという3人の覆面ミュージシャンだった、というのを後から知って面食らった。後に来日して中野サンプラザでライヴまでやっているが、アンは裏方にしては美形だし、JJ(ジョナサン)は水を得たようなギャグ・アクションでファンを湧かせるショーマンであった。作曲担当の2人は、英国のポピュラー音楽界では比較的少ないクラシック畑出身で、アンに至っては王立音楽院卒業というインテリである。チャイナ移籍後は、ZTT時代以上にポピュラーな音楽性をアピール。デュアン・エディが参加した「ピーター・ガン」でグラミー賞まで獲得していることでもわかるように、実は譜面もバリバリのプロフェッショナルな教養軍団だったのだ。グループのコンセプトやジャケットの惹句を考えたのは、演奏しないメンバーだったトレヴァーと音楽紙『NME』の辛口記者だったポール・モーリィ。だが、演奏は純粋な3人のスタッフワークによるもので、『誰がアート・オブ・ノイズを…』で聞ける豊かな音楽性は、彼ら3人の教養に裏打ちされた、プロフェッショナル・ワークの権化といってもいいものだった。
 その後、とりあえずの成功を獲得してグループは解散するが、各々が映画音楽の世界などに身を投じた後、2000年に古巣ZTTから突然の再結成。チャイナ移籍時に不仲説も伝わっていた、トレヴァーとアンが同席するリユニオンにはファンも一様にビックリさせたれた(JJ、ゲイリーは欠席。と言っても、オリジナル・グループではトレヴァーは楽器を弾いていないので、正しくは第二期というべきか)。新作『ドビュッシーの誘惑』は、アンの豊かなクラシックの教養と、ドラムン・ベースなどの新しい流行を取り入れたアルバムに仕上がっていたが、リリース時にそれ以上に私をときめかせたのは、ネット通販オンリーで付録に付けられた、ZTT時代の未発表曲を集めたボーナスCD-R『Bashful』であった。サーム・ウエストでの公開ライヴ時に記録された、ナレーション付きの最初の「ビート・ボックス」のジャムの、なんと初々しいこと。未発表曲である、スティーヴ・ライヒのピアノ・フェイズの影響を受けたような「Resonance」、ドラム音をコラージュしただけの「Memory Loss」など、ラフな思いつきのような曲も多く、出自は極めてダダ的なグループであったことがよくわかる。アート・オブ・ノイズが一貫して「ビート・ボックス」「クローズ(トゥ・ジ・エディット)」など、シンプルな3コード曲ばかりをリリースしていたのも、おそらくロックンロール・ルネッサンスである現代のダダ=パンク思想に共鳴してのことであろう。
 拙著『電子音楽 in JAPAN』で取り上げた、電子音楽の歴史の誕生シーンではないが、物事は最初に生まれる瞬間がいちばん面白い。『Bashful』で体験したプレ時代のアート・オブ・ノイズを、数時間に及ぶボリュームのBOXヴァージョンとして再体験できるというのだから、興奮しないはずがない。果たして、手元に届いた『And What Have You Done With My Body,God?』は、41曲が未発表曲というBOXの鑑と言える内容で、私の期待を裏切らなかった。同曲のヴァージョンがたくさん入っているので、普通のリスナーは水増し感を感じる人もいるかも知れないが、楽器や多重録音をやっている人間にとっては、マルチ・トラックをまさに目の前で操作しているかのような臨場感がある。例えれば、ビーチ・ボーイズによる分解写真のような『Smile Session』や、アルバム1枚「ストロベリー・フィールズ・フォーエヴァー」の十数テイクだけで構成される中期ビートルズ海賊盤を聴いているかのよう。8ビット時代のフェアライトCMIのサウンドが、今聴くとかなりショボく聞こえることは知ってはいたが(808STATEのイエスロンリー・ハート」リミックスCDにオケヒットのプレーンな音が入っているので聴いてみよう)、こうして些細なテイク違いを比較してみると、イーブンタイドのハーモナイザーによって、あのマッシヴな音が作られていたのだなという音響的な背景が、ドキュメンタリーのようによくわかる。いちいち、エコーを付け替えたテイクにナンバーを付けて並べている様は、マルセル・デュシャンモナリザの肖像に髭を書き加えたり剃らせたりして、それを堂々と一つ一つが作品だと言い放つ(『L.H.O.O.Q.』のことね)、あの正調ダダイズムのノリそのもの。
 そしてさらに、本BOXが私を感激させたのは、ベラボーに面白い曲解説である。先日の再結成には参加していなかったJJ、ゲイリー・ランガンを交えたオリジナル5人組の鼎談形式による全曲解説は、私の長年の謎を氷解してくれる実によくできたリポートになっている。マルコム・マクラレン『俺がマルコムだ!』でスタッフが結集したことから、グループが誕生したこと。「ビート・ボックス」のドラムの音は誰が叩いたものだったのか……などなど。
 入荷から一週間が経ち、どっかのブログでネイティヴの人が訳してくれないかなあと思っていたのだが、今のところそういう動きはなさそう。フランキーやシールそっちのけで、わざわざアート・オブ・ノイズの旧譜を再発するためだけにZTTと契約したソニーも、現在は販売権を保持していないらしいから、日本盤もきっと出ないだろう。そこで、雑な翻訳でとても褒められたものじゃないが、それなりにアルバム紹介の役目は果たせるだろうということで、『And What Have You Done With My Body,God?』の収録内容を、ざっくり紹介してみることにした。ブログなどを徘徊してみると、このBOXが初めてのアート・オブ・ノイズ体験という人も多いようだ。「なんでMr.マリックの音ってCD化されてないんだろう」という声もよく聴くので、そのへんのアフター・ストーリーも併せて紹介することにする。


アート・オブ・ノイズ『And What Have You Done With My Body,God?』(ZTT)

 CD4枚組の縦型BOX。「神よ、貴方は私になにをさせたいの?」(意訳)という、これまた物々しいタイトルは、演奏しないメンバーでいわゆるコピー担当&スポークスマンである、ポール・モーリィの作。だが、今回のアートワークはオリジナル時のような意味不明な警告文の連続やコワモテな印象はなく、ブックレットもシンプルで読みやすいもの。41曲の未発表曲やデモ(わずか数曲、『Bashful』で紹介済みのタイトルもある)と、シングル、カセットオンリーのアルバム未収録曲で構成されている。Disc1は、トレヴァー・ホーンが経営していたスタジオ、サーム・ウェストでのジャムを克明に記録したデビュー前夜の集大成。Disc2は、代表曲「ビート・ボックス」「クローズ(トゥ・ジ・エディット)」の鬼のようなヴァリエーション集。Disc3は、ファースト・アルバム『誰がアート・オブ・ノイズを…』収録曲のオルタナティヴ・ヴァージョンをメインに、唯一の完全なる未発表曲「Oobly」を初公開。Disc4が、オリジナルな形では初CD化になるプレ・デビュー盤『イントゥ・バトル』全曲と、シングルB面曲、カセットオンリーのヴァージョンを集めている。先に触れたように、先行配信情報では、このDisc4の代わりにDVDが予定されており、それには未発表も含む全てのヴィデオ・クリップが入るというものだった。すでにPV入りの既発DVDがあるが、日本でもオンエアされたことがある、NYの路上で撮影されたポール・モーリィのナレーションで構成される初期「ビート・ボックス」(音は『イントゥ・バトル』ヴァージョン)などの未商品化のものもまだあるのだ。ほかは「ライヴ」「インタビュー」などが予定に記載されていたが、実際にはオリジナルのZTT時代にはライヴ映像はない(予定されていたBBC『TUBE』への出演は、突然のメンバー離脱でキャンセルされた)。リユニオン・ライヴ時に収録したインタビュー映像があるほか、未商品化の映像素材には、『ドビュッシーの誘惑』リリース時にマスコミ向けに配布された、英国俳優のジョン・ハート(『エレファント・マン』『1984』ほか)が出演しているPRヴィデオなどがある。
 Disc1の最初の目玉は、件のデモCD-R『Bashful』でも紹介されていた「ビート・ボックス」(One made Earler)という最初のヴァージョン。実質は即興的なジャムに近いもので、著名なデザイナー、ビル・ワトキンスらセレブを招いたサーム・ウェスト・スタジオでのオープンなパーティの時に披露されたものらしい。スタッフらしい男性のナレーションで曲が始まる構成は、新製品の発表会みたい。これが後の「ビート・ボックス」に完成していくのだが、ZTTを配給することになるアイランドのクリス・ブラックウェルにそのデモを聴かせたところ、「これに手を加える必要はない」と語った泣かせる逸話が紹介されており、まるでホワイト・ノイズのデビュー時のエピソードの再来みたい。JJによれば、正式にプロジェクトが生まれたのは、それに遡るマルコム・マクラレン『俺がマルコムだ!』の録音時に、プロデューサーのトレヴァー・ホーンの下、アン、JJ、ゲイリーが集まった時と語っている。アート・オブ・ノイズファンには、『マルコム』への全員参加は今では周知の話だが、デビュー当時はメンバー構成の一切が秘密にされていたため、改めてメンバー本人の口からその話が出てくるのには感慨深いものがある。傑作「バッファロー・ギャルズ」を収録した『俺がマルコムだ!』は、NYブロンクスで起こっていたヒップホップ・ムーブメントを最初に商業作品として記録したエポック的な作品。だが、後に本場NYから届いたリアルなヒップホップに比べると、英国経由ゆえにかなり独自の解釈が入った無国籍なものになっていた。ロンドンのスタジオマンが「想像でやってみたヒップホップ」だったから、あの面白サウンドになっていたんじゃと思っていたのだが、ライナーのよると当時マルコムが滞在していたNYに、わざわざメンバーは音ロケのために訪問していたんだとか。70へぇー。
 この時期の話は、コンセプターであるポール・モーリィの饒舌が楽しい。これまで一切ルーツは未公開だったが、アルヴィン・ルシア、ジョン・ケージスティーヴ・ライヒなどの現代音楽作品がきちんと下地にあったようだ。彼によれば『イントゥ・バトル』は、「フランク・ザッパ、カン、シュトックハウゼンブライアン・イーノピーター・サヴィル(のアートワーク)を合体させた」ものという解釈らしい。自分の立場についても、「ストーンズにおけるアンドリュー・ルーグ・オールダムピストルズにおけるマルコム・マクラレンのようなもの」と例えており、わかってらっしゃる。彼のトリックスターぶりは、彼が司会をするZTTレーベルのライヴショウを映像化した『ZTTショウ〜噂の個性派集団の全貌』や、構成を担当した『ニュー・オーダー・ストーリー』でも垣間見れる。特に後者は必見。
 あと、ブックレットには書かれていない、巻末に「Hidden Track」なる短いシークレット・トラックが入っているが、これは『誰がアート・オブ・ノイズを…』でもチラッとコラージュが登場する、清水靖晃『北京の秋』の音(素材をまるまる収録!)。実際にピアノをプレイしている坂本龍一氏も、YMOインタビュー集『OMOYDE』でこの話を語っていたが、きっと今回の収録も権利クリアランスしてないんだろうな……(笑)。
 Disc2では、初期のストラヴィンスキー型のサウンドの典型である「War」が、直接キューバ危機に影響されていることなどを開陳。『イントゥ・バトル』で、ジョン・アップルトンさながらにアンドリュー・シスターズをサンプリングした「ジ・アーミー・ナウ」の変奏曲とも言える、ネガティヴランドの引用で構築した「Damn It Wll!」などが初公開。ライナーによるとアンドリュー・シスターズの盗用について、“Sample Police”からクレームが入ったというエピソードも披露している。声紋で割り出すという噂の「サンプリングGメン」ってホントにいたんだなー。同種の試みとしては、ステッペン・ウルフ「ワイルドで行こう」を、リミックスするためにマルチの貸し出しをオファーして断られているんだそう。
 ここでの目玉は代表曲「クロース(ドゥ・ジ・エディット)」誕生秘話か。想像通り、トレヴァーのイエス「危機(Close To The Edge)」のアナライズによって生まれ、元々長尺だったものがリリース版に整理されて完成したものなんだそう。ダジャレの曲題はギャグ王らしい、JJが命名。あのアート・オブ・ノイズ名物のゲート・ドラムも、同じくイエスの当時のドラマー、アラン・ホワイトが叩いたものを加工した音だとか。サームで録音され、ちゃんとギャラも払ったと書かれている。冒頭の「In The Sommertime With My Love」というセリフは、ABC「ポイズン・アロウ」でマーティン・フライとデュエットを歌っている、女性歌手のカレン・クレイドン。それと、イントロの車のイグニッション音は、フォルクスワーゲン・ゴルフの音なんだって(写真まで載ってる)。
 こちらも代表曲である「モーメンツ・イン・ラヴ」も膨大なヴァリエーションには悶絶する。あの印象的な女性の声は、トレヴァー・ホーンがデビュー作を手掛けたダラーというグループのヴォーカル、テレサ・バザール。10cc「アイム・ノット・イン・ラヴ」を参照したという、後のゴドレイ&クレームとの邂逅を予感させる逸話も。ジャケット写真にも、テレサのモロ肌がパーツに使われているらしい。その上、ZTTは彼女をレーベルにスカウトしたのだが、アメリカ人のマネジャーに断られたというトホホな話もでてくる。
 後半に入っている“未発表シリーズその1”が、「The Angel Reel」の数曲。アート・オブ・ノイズの録音の大半はトレヴァー所有のサームで録られているが、これは例外的にエンジェル・スタジオで録られた録音物。内容はアンのヴィンテージ・オルガンの演奏で、バッハのコラールなどを引用している。ZTT時代に録られていたのにお蔵入りになっていたものだが、素材はチャイナ移籍後の『イン・ノー・センス? ナンセンス』収録の「プロムナード」で使用されているんだとか。
 Disc3は、『誰がアート・オブ・ノイズを…』を全曲別ヴァージョンで楽しめるという企画。ライナーの鼎談によると、『誰が』は当初、ラジオショーのような構成にする予定だったらしく、以前にメンバーが参加した『俺がマルコムだ!』の原題“Dack Rock”に引っかけて、「Goose Jazz」と付けるつもりだったらしい。デューク・エリントンガーシュインをカヴァーした清水靖晃『北京の秋』のモンタージュは、きっとそんな初期コンセプトの名残りなのだろうな。
 後半を占める“未発表シリーズその2”には、長年のファンも驚く事実が隠されていた。「The Ambassadors Real」という3曲は、『ZTTショウ〜噂の個性派集団の全貌』というレーザーディスクで出た85年のレーベルのショウケースライヴのために、アン、JJ、ゲイリーが録音した最後の作品。アンバザダーとは、その公演が行われた劇場名である。実際にその音が使われている『ZTTショウ』にはメンバー3人は出ておらず、ダンサーが曲に合わせて舞踏を披露するという構成になっていたのだが、本来はアート・オブ・ノイズが出演してライヴをやる予定だったという、衝撃の事実が。アンの証言によると、アンバサダー劇場のほか『トップ・オブ・ザ・ポップス』『TUBE』などに出演する予定もあったらしいが、アン、JJ、ゲイリー3人のメンバーの「デュラン・デュランFGTHのようになりたくない」という意向から、ライヴ活動がすべて反故にされたという。レーベル側の代表、ポールの発言を読むと「アート・オブ・ノイズはZTTにとってカウント・ベイシー楽団のようなもので、ソロイストを迎えて録音するための、トレヴァーのハウスグループだった。が、同時に3人のチームのものでもあった」と、どうも言い分がすっきりしない。以前、プロパガンダがZTT脱退について聞かれ、「レーベルの実質的タイクーンであったトレヴァー夫人に反発して、多くのスタッフがレーベルを離れた」と語っていたが、本作もZTTからのリリースであるから、その辺は語れない真実もあるってことかも。アンバサダー劇場用の曲は、代表的なナンバーをフェアライトCMIで再構築したものだが、その終幕を飾っているのが、ここでお披露目する予定だったという「Oobly」という初公開の新曲。ポール・マッカートニーのツアーメンバーで、ホットハウス・フラワーズなどのプロデューサーで知られるスティーヴ・リプソンがギターで参加している、珍しくファンキーな曲である。「アート・オブ・ノイズが初めてギターを導入した曲」というこの存在が、チャイナ移籍後のファンキーな変貌を暗示しているかのように思えて興味深い。


 さて、ここからはアート・オブ・ノイズ初心者のための、周辺盤ガイドである。85年に3人の実質的なメンバーが、フロントマンだったトレヴァー・ホーン、ポール・モーリィらZTTレーベルに対してクーデターを起こし、チャイナに移籍。有名なMr.マリックの登場曲である「レッグス」を収めた『イン・ヴィジブル・サイレンス』、続く『イン・ノー・センス? ナンセンス』『ビロウ・ザ・ウエスト』の3枚を出してグループは一時休止する。ところが、古巣ZTTからはオムニバスなどで在籍時の未発表曲が勝手にリリースされるは、チャイナからも『アンビエント・コレクション』『ザ・FON・ミキシーズ』『ザ・ドラム・アンド・ベース・コレクション』などのメンバー不在のリミックス盤が続けてリリースされるわで、新規のファンを「どれがオリジナル・アルバムなの?」と困惑させる、不親切きわまりない状況が続いている。特に経営の不安定なチャイナ期の作品は未だに入手困難。日本ではクリサリスと契約していた東芝EMIが配給していたが、後にチャイナがポニーキャニオンに移籍し、91年に日本でのみCD化されて以降、ずっと廃盤状態に。その一方で、ソニーがZTTと契約して、808STATEやシールなど一切かまわずアート・オブ・ノイズの既発音源(アルバム2枚だが、実質的には2つは同じようなもの)だけを出して契約満了という、これまた不完全燃焼な動きもあって謎を深めた。ソニーからのリユニオン盤『ドビュッシーの誘惑』の時は、先ほど書いたように当時演奏メンバーではなかったトレヴァーがプレイしているし、JJ、ゲイリーの代わりにロル・クレイム(10cc)が正式メンバー入りしているという、実質的には別グループ。ライヴでも「ビート・ボックス」などは、テープ再生でお茶を濁していた。

『IQ6 Zang Tumb Tuum Sampled』(ZTT)

アート・オブ・ノイズのレーベル離脱後、85年にリリースされた、ZTTの未発表曲中心のオムニバス。ほかは、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッド、アン・ピガール、アンドリュー・ポッピー、プロパガンダに、元ピッグ・バッグ組の3人の新人、インスティンクトの曲を収録。アート・オブ・ノイズは3曲入っており、「Closing」は、「クローズ(トゥ・ジ・エディット)」をスクラッチや逆回転などで加工して、ポール・モーリィのナレーションを加えたもの。「Egypt」は、映像作品『ZTTショウ〜噂の個性派集団の全貌』から抜粋した、アンバサダー劇場での「モーメンツ・イン・ラヴ」を背景にしたポールのお喋り、「A Time For Fear(Who's Afraid)」も同じ、『ZTTショウ』からのカットアップによるコラージュで、ポールがオケをバックに映画『M★A★S★H』の主題歌「スーサイド・イズ・ペインレス」の一節を歌うという謎なトラックがイントロに付いている。

アート・オブ・ノイズ『イン・ヴィジブル・サイレンス』(東芝EMI

クリサリス傘下のチャイナに移籍してのセカンド。「クローズ」をメジャーアップデイトしたようなポップなシングル「レッグス」収録。古参ギタリスト、デュアン・エディをゲストに招いたヘンリー・マンシーニの「ピーターガン」のカヴァー(当時『ブルース・ブラザーズ』で使われていた有名曲)は、グラミー賞特別賞も受けており、初期からのファンは、そのメジャーに突き進む激変ぶりのおののいた。シングルカットされた「パラノイミア」には、当時人気だったイギリスのテレビドラマ『マックス・ヘッドルーム』の主人公役のマット・フューリーがゲスト出演。それが縁で、アメリカでリメイクされたテレビシリーズ版の主題曲をアート・オブ・ノイズが担当することに。つるべ打ちのごときタイアップ連発は、ブレインだったポール・モーリィ抜きでもグループは存続できることを証明したかったのか?

アート・オブ・ノイズ『In Visible Silence』(Polygram)
アート・オブ・ノイズ『リ・ワークス・オブ・アート・オブ・ノイズ』(東芝EMI

前者は『電子音楽 in the (lost)world』でもレーザーディスク版を紹介している、85年の英国ハマースミス・オデオンでの実況を収めた初の映像ソフト。テープを一切使わず、コーラス隊を従えてのオール生演奏。アンのピアノはチック・コリアみたいだし、JJのフェアライト2台使いも見事なパフォーマンス。お馴染みのゲート・ドラムの音は、AKAIのS900にサンプルしたものを、ドラマーがパッドで叩いて鳴らすという完全同期レスで、堂々たる生バンド編成になっている。日本、アメリカを除いてリリースされたために大半の映像がPALなのだが、本作は唯一NTSC映像で観れるカナダ版のVHS。ブックレットでは、アンがZTT脱退の理由を「匿名の存在でいたかったから」と語っていたのに、こちらのリリース時の資料には「トレヴァーと違うことをやり語ったからライヴをやった」と間逆の発言をしている。なぜかパッケージの推薦文を書いているのが、ソニーの創業者である井深大。後者は、同ライヴ音源が半分と、マックス・ヘッドルームと共演した「パラノイミア」のシングルなどアルバム未収録曲をまとめた来日記念盤。ライヴからは「レッグス」「パラノイミア」「作品III」「ハマースミス・トゥ・トキョー・アンド・バック」の4曲を収録。日本だけでCD化されたものゆえ、ただでさえ貴重なチャイナ期でもっともレアな一枚で、欧州のコレクターに会うと必ずこのCD持ってるかと聞かれるほど。

アート・オブ・ノイズ『イン・ノー・センス? ナンセンス』(東芝EMI
サーム・ウエストのエンジニアからキャリアを始め、ジョディ・ワトリー、スパンダー・バレーのプロデューサーとして成功したのを機に、ゲイリー・ランガンが脱退して、アン、JJの2人組に。前年の初のツアーでもゲイリーは唯一裏方でステージに顔を見せなかったので、2人組の印象は以前のままだったが、エンジニアの交代で出音はかなりイージーリスニング寄りになった。テレビシリーズの主題曲「ドラグネット」は、ダン・エイクロイド主演の映画リメイク用のカヴァーだが、ブラスなどの素材もお誂えもので、既成音楽を剽窃していたような初期のようなスリル感はすでにない。「ローラーI」は、ファット・ボーイズ主演映画『ディオーダリー』の主題曲。

アート・オブ・ノイズ『ビロウ・ザ・ウエスト』(東芝EMI

プロデューサーは2人に加えて、名匠テッド・ヘイトン。パルコのCMにも出演していたアフリカのシキシャ、マハテニ&マホテラ・クイーンズが参加した渋いシングル「YABO」で新局面を披露した。バスクリンのCMで使われた「ロビンソン・クルーソー」は、イギリスの有名なテレビシリーズのテーマ曲、「ジェームス・ボンドのテーマ」はお馴染み007の主題曲のカヴァーで、どちらも英国バンドらしい選曲だがほとんど捻りのないアレンジゆえに、ここで創作のピークは過ぎてしまったことを、ファンも一様に再認識した。

アート・オブ・ノイズアンビエント・コレクション』『ザ・FON・ミキシーズ』『ザ・ドラム・アンド・ベース・コレクション』(東芝EMI
グループ休止後にリリースされた、実質的にメンバーがどれだけ関わっているのかわからない、一応、オフィシャル扱いのリミックス盤3枚。このうち、『アンビエント・コレクション』は元キリング・ジョークのユースのプロデュース。ユースはジ・オーブ、THE KLFの結成のヒントにもなったアンビエントDJのはしりでもあり、そういう意味でアンビエント・ハウスの潮流は本作からという説もある。『ザ・FON・ミキシーズ』には、808STATEのグラハム・マッセイらが参加。ただし全作とも、仕上がりとしてはやや凡庸なり。

アート・オブ・ノイズ『The Best Of The Art Of Noise』(東芝EMI

トム・ジョーンズに歌わせたプリンス「キッス」のカヴァーをシングル用に録音した際に、記念して作られたシングル主体のベスト盤。同デザインで、ブルーとピンクのジャケットに分かれていて、同じ曲をそれぞれ、7インチ、12インチ・ヴァージョンで収めている。初回盤は、「クローズ」「ビート・ボックス」「モーメント・イン・ラヴ」などZTT時代の曲も混在していたが、後に契約問題で収録できなくなったため、早い時期にチャイナ音源だけで再構成した同ジャケットのものに差し替えられた。よって同タイトルで、4種類の構成のものが市場に出回っている。

アート・オブ・ノイズ『Bashful』(ZTT)

再結成盤『ドビュッシーの誘惑』リリース時に、アメリカのネット通販の老舗「CD NOW」が特典盤として付けた、12曲入りのボーナスCD-R(『ドビュッシーの誘惑』の量産盤に付いてきたボーナス盤『Seduction』と図版は同じだが、内容は別なので注意)。大半が初公開となる、未発表曲、デモテープで構成されている。サーム・ウエストでの最初のジャムの記録「ビート・ボックス」(One Made Earler)、リズム隊がリン・ドラムによる初期のスケッチ「Who's Afraid(of Scale)」、セキセイインコの声とイタリアのラジオ局の女性DJの声をコラージュした「Structure」など4CD BOXに収められたものあるが、もっともダダ風だった初期の習作群「Resonance」「Memoly Loss」「ビート・ボックス(Diverted)」などはなぜか収録されていない。

JJジャクザリュク『Art Of Sampling』(Hit Sound)

アート・オブ・ノイズでフェアライトによるサウンドメイクを担当していたJJによる、サンプリング素材集。あの有名な衝撃的なスネアや、オケヒット、ブラスヒット、ヴォイス、イグニッション音などを収録している。元はクラシックのクラリネット奏者だったが、フェアライトのオペレーターとしてイエスに参加して、リック・ウエイクマンのアシスタントに。基本的にユーモアの人で、フェアライトのスペックがII、IIIになっても、ずっと15Khzでサンプルし続ける、ロケンロール魂を垣間見せる存在だった。Hit Soundはライブラリー専科のメーカーで、このほか、屋敷ゴータ、コールドカット、ターミナルヘッド、デヴィッド・ラフィ(アズテック・カメラ)、ヴィンス・クラーク(デペッシュ・モード、イレイジャー)などのサンプル集もリリースしている。現在は、オケヒット「Thorn Orch」などの一部が、Best Surviceから出ているクラシック・シンセのライブラリー・プラグイン「Cult Sampler」でも聞ける。

アート・オブ・サイレンス『artofsilence.co.uk』(xiomattic)

グループ消滅後、JJが、元アート・オブ・ノイズのエンジニアで、ペットショップ・ボーイズのプロデュースなどを手掛けていたボブ・クラッシャーと結成したアンビエント・ユニット。基本はストイックなミニマル・ハウスだが、唯一「messenger of heaven」が、オケヒットなどを使ったアート・オブ・ノイズを思わせるポップ曲に。初回盤にはフロッピー・ディスクに、ビットレートを変換して「何でもアート・オブ・ノイズ化できちゃう」ミニ・フェアライトみたいなウィンドウズ用プログラムが収録されていた。

アン・ダドリー&ジャズ・コールマン『ヴィクトリアス・シティ』(ポニーキャニオン
アン・ダドリー『エンシャント&モダーン』(ポニーキャニオン

前者は、グループ消滅後の初のアンの署名作品で、『アンビエント・コレクション』の制作者だったユースと同じ、キリング・ジョーク出身のコールマンとのデュオ作品。エジプトの現地のミュージシャンを起用して録音されたクラシカルな逸品に。後者は初のソロ・アルバムで、オーケストラと教会コーラスによるシンフォニックな作品。一部、バッハ「プレリュード」などを引用している。アンはグループ後期から、『クライング・ゲーム』『ナイト・ムーブス』などの映画音楽スコアを担当し、フィル・コリンズ主演作『バスター』の音楽では、英国最優秀サウンドトラック賞を授与された。その後、トレヴァーとポールが発起人になった、アート・オブ・ノイズのリユニオンに唯一参加。なお、拙著『電子音楽 in the (lost)world』では、アート・オブ・ノイズ在籍時にイギリスのライブラリー会社のための彼女が制作した、フェアライトによる作品集などを数枚紹介しているので、ご興味のある方はぜひご覧あれ。

『The Abduction Of The Art Of Noise』(Karvavena Records)
『Mr.マリック 超魔術ブレイクス』(AVEX

アート・オブ・ノイズのカヴァー企画を洋邦それぞれから。前者は以前から噂されていた初のトリビュート盤で、808STATEのアンディ・べーカー率いるKompressor「モーメンツ・イン・ラヴ」、スキャナー「ドナ」などの、テクノ、エレクトロニカ系グループが総出演。Hexstatic「バックビート」はクラフトワークのサンプルを使ったオールドスクール風に。ボーナストラック扱いだが、ブレイク前のサーシャが96年に録音していた「ビート・ボックス」(Diversion2)なる、グラウンド・ビート・ヴァージョン(なぜかモノーラル)もかなりイカす。唯一、オリジナルメンバーとして、JJがアート・オブ・サイレンスとして「ビート・ボックス」をアンビエント風にカヴァー。告知されていたターミナルヘッド、ヴェルヴェッド・チェインは不参加だった。後者は、おそらくMr.マリックや手品ファンから「レッグス」のチャイナ音源が入手できないという声を受けて制作されたのであろう、「レッグス」のリミックス集。DJ TSUYOSHI、DJ SHINKAWAといったリミキサー参加による6ヴァージョンが収められているが、音源はチャイナのマルチを使うのではなく、譜面から起こした日本制作のオケがベース。この採譜のコード聞き取りがちょっと怪しくて、かなり安っぽく仕上がっている。一時にはMr.マリックもテレビ出演時にこのCDのヴァージョンを使っていたのに、現在はオリジナルに戻してしまった。なぜかご祝儀に「ビート・ボックス」もカヴァーしていて、これもかなりショボイ出来。

『トイズ(サウンドトラック)』(イーストウエスト・ジャパン)
インガ・フンペ「Riding Into Blue(Cowboy Song)」(WEA)

最後に番外編として、トレヴァー・ホーン作品を2つ。前者はバリー・レヴィンソン監督のロビン・ウィリアムズ主演による極悪な映画『トイズ』のサウンドトラック盤。フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドの人気凋落後、ZTTには一時閉社の危機が訪れるが、808STATE、シール、ウェンディ&リサなどを迎えて再建。そのころに制作された作品で、ZTTの新旧メンバーが参加している。主要スコアは、元バグルズのスタッフだったハンズ・ジマーで、現在はアン・ダドリーと並んでハリウッドのセレブになってしまった。ほか、旧友で『俺はマルコムだ!』に参加していたメンバーで、唯一アート・オブ・ノイズ不参加だったトーマス・ドルビー「ミラー・ソング」なんていう珍曲も。フランキーの旧作「ウエルカム・トゥ・プレジャー・ドーム」も採用されているが、アート・オブ・ノイズをもじってか“Into Battle Mix”名義になっている。後者はご存じ、ドイツのパレ・シャンブルグ周辺組で、「これが人生だ」でお馴染みフンペ・フンペの妹のほう。本作はトレヴァー・ホーン制作の最初のソロ・アルバム『Planet OZ』からのシングルカットで、この時期、シールなどシリアスな作品が多かったトレヴァー作品の中で唯一、サンプラーなどを駆使した笑える曲に仕上がっている。トーマス・ドルビーが手掛けたプリファブ・スプラウト「フェローン・ヤング」、トニー・マンスフィールド・プロデュースによるイップ・イップ・コヨーテ「Pioneer Girl」に匹敵する、サンプリングを駆使した電脳カントリーに。