POP2*5

過去にはてなダイヤリーで連載してた連載コラムのアーカイヴです。

教科書に書いてない「極私的テレビドラマ・サントラの世界」その1

 このところ「記憶力のトライアスロン」と化している本ブログである。人間というのは忘れ物をした時などに、その場で必死に思い出すことをせずに「ま、いっか」とかで済ませてしまうと、ブチ切れたシナプスが分断されたまま、記憶の回路が途切れてしまうようにできているらしい。直接メールで間違いを指摘していただいたりして、サポーターの方々の補助というか、つっかい棒があって、なんとかヨボヨボの知識で書き物をさせていただいている感じである(多謝! 今後もよろしくお願いしまする)。周回遅れのラストランナーが、皆の声援を受けてなんとかゴールを目指しているイメージである(終点はどこなのだ?)。私に限らず、最近になって会話の最中に固有名詞が出てこないなど、日々記憶が怪しい感じになってきているご同輩の方々も多いと思う。どうか、ご自身のブログなどの場で、いっしょに「記憶力のトライアスロン」に伴走していただけると私は嬉しく思う。
 最近になって、DVD化などのタイミングに併せ、マイナーなテレビドラマの研究本などが出版される機会が増えている。これはありがたい話で、資料マニアの私はなんとか頑張って、それらを買うようにしている。読みながら、怪しい記憶の綻びが解けるときの快感ったらない。「3年殺し」とはまさにこのことだ。これまで日本では、黒澤明溝口健二などの大家を覗けば、邦画研究本すら数は少なかったわけだから、とてもテレビドラマの研究にまで手が回らなかったのだろう。だから唯一の存在だった、ムック時代の雑誌『映画秘宝』のテレビ特集「夕焼けTV番長」は、私のバイブルだった。今でも思い出し読みして、企画のアイデアのヒントにさせていただいたりしている。なにぶんドラマ回顧ブームの黎明期に出版された本ゆえ、「事実誤認が多い」という読者の指摘が多かったらしく、スタッフもたいへんな苦労だったようだ。しかし、当時の新聞の縮刷版やレコードジャケットを見ながら、貴重な情報源である「記憶」のみであそこまで書き切ったライター陣の創造力に敬服する。インターネットなどで当時のドラマのことを調べても、東京ニュース通信社から出た唯一の総合資料集『TVガイドテレビドラマ全集』(とある事情で禁書になったもの)からの孫引きばかりだし。
 とは言え、私自身の記憶力というのも相当いいかげんだと思っている。B型の性分から来ているんだと思うんだが、記憶の仕方がかなりザックリしていて、およそ書記係向きではない。これはよく後輩に指摘されることなのだが、妙な習性があって、映画を観た感想や体験したエピソードを語る時、ちょっと面白く脚色して話をしてしまう趣向があるらしいのだ。いや、悪気があってじゃなく、無意識でそうなってしまうのである。以前、『卒業旅行 ニホンから来ました』という一色伸幸脚本の映画のラストを巡って、編集部の別の人間と対立したことがあった。主人公の織田裕二が、就職が決まって安堵して卒業旅行でアジアに立ち寄り、たまたまチトワンという小国に訪れ、そこで怪しいブローカーに利用されてひょんなことからアイドルとしてブレイクしてしまう。しかし、人気とは水物だからライバル登場で旗色が悪くなり、そろそろ潮時かなと思ったころに、内定先の企業から「戻ってこい」とお誘いがあって、ブローカー氏との友情とそれが天秤にかけられる。この後、織田裕二が最後どうなかったかという話になったのである。私の記憶の中では、一念発起した織田がアイドルの道を突き進むために、さらに南の未開の国へと川下りしていくエンディングになっていて、その後ろ姿にスタッフロールが被さる絵まで詳細に記憶(=捏造)していたのだ(後からビデオで確認して、大恥かいた)。たぶん、『地獄の黙示録』とかとミックスして、私の記憶回路が、勝手に劇的にエンディングを面白く書き換えてしまっていたのだろう。今村昌平監督の『黒い雨』のラストも、今平の伝記本を読みすぎた影響なのか、撮影されながらカットされた、カラーのお遍路さんのエンディングというのが、勝手に自分の中であるものとして記憶されていた。DVD化でボーナス素材として初公開されたのが、ほぼ想像通りだったので少しは救われたが。でも、これでジャーナリストって名乗ってんだから世話やけるよな。
 先日も、『日本映画のパンク時代 1985-1987』という本でインタビューを受けていた、映画監督の森達也氏も同じようなことを語っていた。オウムのドキュメンタリー映画『A』や著書『放送禁止歌』で知られるノンフィクションの人として有名になったが、もともとあの人は、パロディアス・ユニティで有名な立教大学の映画研究会で、黒沢清の同期だった人。石井聰亙監督の『シャッフル』などにも役者として出ていたりする、あの時代の映画人の生き残りである(AV監督のTOHJIROや平野勝之も、同時代の映画人出身なのだ)。森はそのインタビューで、フィクションからキャリアを始めた人間は、やはり精悍なドキュメンタリーを撮るのは無理だと引退の辞を語っていて、それを読んで身につまされる思いをしたものだ。
 私が楽器を始めた理由というのも、実はテレビや記憶の問題と関係している。そもそも、私が音楽に魅せられたきっかけは、当時の流行歌などの影響ではなく、テレビドラマの音楽に夢中だったからである。先日のエントリーでコーネリアスこと小山田圭吾氏が、子供のころに聞いたアニソンに導かれて映画音楽やネオアコを聴くようになったと語っていたことを書いたが、それと同じような体験を私もしてきた。友人のライターで元土龍団の濱田高志氏も、今ではミッシェル・ルグラン本人に公認を受ける日本で屈指のフランス映画音楽研究家であるが、彼がルグランにのめり込むようになったのも、意外なことに手塚治虫の映画『火の鳥』の音楽がきっかけである(彼の本業はマンガ家なのだ)。『火の鳥』は、ルグランを敬愛していたプロデューサーが村井邦彦なわけだから、濱田氏のライフワークは、すべてこの手塚作品に端を発しているといっていい。入り方はどうであれ、最初の音楽体験というのが、良きにつけ悪しきにつけ、後々の仕事にまで影響してしまうものなのだ。
 拙著『電子音楽 in JAPAN』で、ヒカシューの井上誠氏が語っているプログレにのめり込むきっかけが、伊福部昭作曲の『ゴジラ』の音楽に魅せられたからというのも興味深い話。『ゴジラ』のサウンドトラックが初めてレコード化されたのが、77年の東宝レコードから発売された『伊福部昭の世界』の時。それまではあの主題曲をレコードで聴く手段がなかったのである。そんな時、井上氏はキング・クリムゾンクリムゾン・キングの宮殿』を聴いて、伊福部に通ずる世界を感じ、ヨーロッパのプログレにのめり込んでいったのだという。私もそのへん詳しいわけではいが、日本では映画のサウンドトラック盤が海外ほど頻繁にリリースされていたわけではなく、74年の『砂の器』の主題曲「宿命」がヒットしたことから、やっと各社が映画のサウンドトラック盤に力を入れ始めたというほど、歴史が浅いジャンルなのだ。一方、安西史孝(TPO)の幼少期のエピソードには、ラロ・シフリンデイヴ・グルーシンの洋画ドラマの音楽に夢中になった安西少年が、レコードが手に入らなかったことから、自らピアノで採譜することで、豊かな音楽表現を獲得していくという話が登場する。私も同じように、子供のころに見たドラマのテーマ曲を「自分で弾いてみたい」という思いから、家にあったユーフォニウム(足踏みオルガン)でキーボードを覚えたという口だった。最初は気に入ったドラマの曲をテープに録音して聴くだけで満足していたが、昔のドラマの主題曲ってきちんとコーダまで聴かせずに、途中から「この番組の提供は……」というナレーションが入ってフェードアウトしてしまうことが多かった。それで、そのナレーションが入っている部分のメロディーやコードをどうにか解析できないものかと、テープを聴きながら無手勝流で音階やコードワークを覚えていったのである。最初のロック体験が「ゴダイゴと大野雄二」というのは、あの時代のテレビドラマ好きの少年の、わりと典型的な入門パターンだと思う。だから、いわゆるロックらしいグルーヴよりも、流麗なコードワークというほうにいまだに弱かったりする私なのだ。
 映画音楽やアニメ、特撮映画の音楽については、最近はけっこうまとまった書物があるのだが、ことテレビドラマのサウンドトラック盤だけは、アカデミックに研究された資料を見たことがない。私のまわりにはまだ詳しい人が多いほうだと思うが、岸野雄一氏、加藤義彦氏、直接お会いしたことはないが仕事ぶりに敬服している駒形四郎氏、早川優氏ぐらい。制作者には、バップ時代に取材でお会いしたことがある高島幹雄氏もおられるが、どちらかというと実写は『太陽にほえろ!』中心でアニメ、特撮が専門という印象がある。彼らのほか、3人組だった時代の土龍団が結集して執筆した『レコード・コレクターズ』のテレビ・サウンドトラック特集は、(アニメ、特撮に限定しない)唯一の網羅的資料として、これも私のバイブルとなっている。それに少しでも近づきたい思いで、拙著『電子音楽 in the(lost)world』では、この手のディスクガイドでは珍しく『西遊記』『小さなスーパーマン ガンバロン』『ムー』などのドラマのサントラを1章分を割いて取り上げてみた(どうかぜひ、お買い求めいただけると幸いである)。
 70年代というのは、邦画の映画音楽の歴史においても、ちょっとユニークな時代である。60年代のATG映画などの傍流系で、いわゆるオーケストレーションではない、フリージャズやプログレッシヴ・ロックを効果的に使う作品が登場してくる。その後、映画『犬神家の一族』でプロデューサーの角川春樹が、ドメスティックな横溝正史原作の世界に、大野雄二のフュージョンサウンドを導入するという新機軸を打ち立てた。市川崑が後年語っている「金田一を天使として登場させた」という洒脱なセンスが、流麗な音楽と合わさって、ホラーでありながらエレガントな印象を植え付けさせた。これは松竹が同時期に製作している『八ッ墓村』の、芥川也寸志のおどろおどろしい音楽と対称的である。『犬神家の一族』のヒットを受けて始まった、古谷一行毎日放送のテレビシリーズもモダンな逸品で、第一シーズンのエンディング曲「まぼろしの女」は、茶木みやこ歌う主題歌のバッキングを、テクノ時代の四人囃子が担当している。本編の真鍋理一郎の音楽も、キディランドでよく売っていたホースを回して「ふぉ〜ん」と怪しい動物の慟哭みたいな音を出すガジェット楽器を使ったり、ファズを通したギターやアープ・オデッセイを使ったロック編成の劇伴が使われていたが、あれはシンセ導入などのコンセプトから類推するに、イタリアのジャーロ映画の音楽を狙ったものだと思われる。土曜10時の毎日放送のドラマはその後、森村誠一シリーズになってからも、りりィ「さわがしい楽園」(『人間の証明』)、桑名晴子バニシング・ポイント」(『青春の証明』)と、フュージョンをベースにしたサウンドが、都会のクールな印象を切り取っていた(と言っても、東宝製作の横溝シリーズと違い、東映三船プロなので、映像はかなりベタではあるが)。
 先日紹介した『夜明けの刑事』も、挿入歌をバッド・カンパニーに依頼したりと、映画界以上に実験的な試みを魅せていたテレビドラマの世界。田村正和主演の『冬の華』主題歌をグラシェラ・スサーナが歌ったりと、元々TBSドラマはこういう洋楽曲を使う手腕が見事だった。後に、ダイアナ・ロス「IF WE HOLD ON TOGHTHER」(『想い出にかわるまで』)、サイモンとガーファンクル「冬の散歩道」(『人間・失格』)、アバ「SOS」(『ストロベリー・オンザ・ショートケーキ』)など、金曜ドラマの世界で効果的に洋楽曲を使ってきたのは、もはやTBSドラマの伝統と言っていいだろう。以前、週刊誌の主題でTBSドラマのホープ、『いま、会いにゆきます』の土井裕泰ディレクターに取材でお会いした時も、同行したライターの加藤義彦氏も交えて音楽の話で盛り上がったのだが、土井氏はなんと元チャクラの大ファン。自ら企画した、桃井かおり田中美佐子主演のストレンジな作品『ランデヴー』で板倉文氏を起用したのも、土井氏自らのリクエストだったというから頼もしい。TBSドラマだと、ムーンライダーズがカントリー風の劇伴を手掛けている、山田太一ドラマ『高原へいらっしゃい』も忘れがたい作品だ。リメイク版の視聴率が振るわず、予定されていたDVD化がお流れになって悲しかったが。実はTBS系ドラマは、洋楽曲を使っているために、楽曲使用のクリアランスがおりないことが多く、ビージーズ(『若葉のころ』)のように主題曲がインストバージョンに差し替えられてDVD化されるケースが多いので、かなり興ざめしてしまうこともあるのが玉に瑕である。
 と言っても私、もっぱら日本テレビっ子であった。石立鉄男ドラマの大野雄二の音楽もそうだし、『24時間テレビ』の第一回でチャー、スペクトラムといっしょにライヴを繰り広げた、ゴダイゴの印象が圧倒的だった。それでも、一番夢中になったのは、同局の看板だった刑事ドラマだろう。けっして『太陽にほえろ!』ではない。火曜日の9時にやっていたシリーズのことである。刑事ドラマの定番である、オープニング画面の刑事のピストルを構える静止画に、「××刑事 配役××」と出てくるテロップがたまらなかった(なんて俗っぽい表現してるんだ、俺は……)。鈴木ヒロミツじゃないが、コミックリリーフ役の刑事が、うっかり転んだところにテロップが出るお決まりのタイミングも、ひたすら愛しく思った。そのカッコヨサの最たるものは、加山雄三主演の『大追跡』のオープニングだろうか。当時、8ミリ・カメラがどうしても欲しかった私が、買ったら最初にやりたいと思っていたのが、この刑事ドラマのオープニングであった。だから『刑事まつり』の面々の“刑事ドラマ愛”の気持ちが痛いほどよくわかる。
 シリーズで最初に意識して見始めたのは『大都会パートII』だったが(毎回、松田優作の楽屋オチギャグが『探偵物語』以上に凄かった。なぜDVD化しないんだろう?)、サウンドトラックといえば『パートIII』の高橋達也と東京ユニオンの名演につきるだろう。ボトムの効いたブラスロック風のイントロ(テレビ・ヴァージョンのほうね)に、哀愁のトランペットの旋律。たぶん、あのころ全国の部活で吹奏楽部に入ったトランペット志望者は、100%あの旋律を自分で吹きたくて入部したヤツじゃないかと思う。実際、吹奏楽部の部室からあのメロディーが聞こえて来た時は、教室で一斉に大爆笑したのを思い出す。仕事などでドラマの話題が出た時に、故・ナンシー関氏を始め、きまって『西部警察』派が多いのが以外なのだが、私はあのヘッポコな音楽が好きじゃない。『大都会』は都会派のポリドールだが、『西部警察』は田舎のブランド、テイチクだからなあ(たぶん、石原裕次郎の意向なんだろうが)。晩年になって、ラロ・シフリン、ドミニク・フロンティエール、ギル・メレ(『事件記者コルチャック』よかったね!)らの刑事ドラマや社会派ドラマのサウンドトラック盤を手に入れ、私もサヴァービアな洋楽趣味を歩むことになるのだが、それもすべて、日本テレビの刑事ドラマの音楽体験のおかげだったと、今も感謝している。
 だが、国産のサウンドトラックの資料については、とにかく大半が伊福部昭のものか、アニメ・特撮系のものばかり。ちょっと贔屓しすぎなんじゃないのと思うぐらい、伊福部氏、菊池俊輔氏、渡辺宙明氏のお三方ばかりがフィーチャーされるものだから、ここではあまり雑誌では取り上げられない、私が通ってきたドラマサントラの世界を紹介してみることにした。いずれも資料らしい資料がないため、私の記憶で書かせていただくので恐縮だが、情報のほとんどは当時の新聞記事で得たものである。


ゴダイゴ男たちの旅路』『いろはのい』(日本コロムビア

前者はNHK土曜ドラマのサントラで、演奏は厳密にはタケ抜きのミッキー吉野グループ。テレビのクレジットも、グループ結成を境に「ゴダイゴ」に変更された。NHKは劇伴に局内スタジオを使う決まりがあり(だから、坂本龍一NHK「ニュースのテーマ」なども局内で録音されている)、オリジナルはモノーラル・ソースなため、本作はテレビスコアを元に、ステレオ・ヴァージョンで録音し直したものだ。後者は東宝制作の事件記者ドラマ。私はシンセサイザーの存在をこのアルバムのローランドのクレジットで初めて意識した世代である。なお、『電子音楽 in the (lost)world』には、『小さなスーパーマン ガンバロン』や秋吉久美子国広富之の主演作など、ゴダイゴが音楽を務めたサントラ盤をまとめて紹介しているので、興味のある方はぜひ一読を。

宮川泰カリキュラマシーン』(バップ)

泰と書いて「ひろし」と読む。合掌。クレイジーキャッツの映画音楽や、ミリオンセラーとなった『宇宙戦艦ヤマト』の交響組曲のアルバムが有名だが、本人のトークも達者で、実験的な音楽への取り組みが今後、改めて評価されるべき存在。本作は、シンセサイザーを買ってすぐに取り入れた初期の作品だそうで、ホット・バター「ポップコーン」のようなムーギーなインストを数多く収録している。作曲家である息子の彬良氏がいち早く電子楽器に興味を示し、本作では御子息自身がシンセをプレイしているトラックもあるらしい。

勝新太郎「唖侍 鬼一法眼」(東芝音楽工業)
フィリップス・シンフォニー・オーケストラ「だいこんの花のテーマ」(日本フォノグラム)

ともに、『電子音楽 in the (lost)world』でも紹介していない、冨田勲作品。両者とも、冨田氏がモーグIII-Pを購入した後、試験的に劇伴でシンセサイザーを取り入れた最初の作品だったそう。だが、番組スタート時に作られたサントラはともにモーグ未使用。ただし、前者にはメロトロンなどが使われて、時代劇の主題歌に似合わぬ、プログレッシヴ演歌風の仕上がりに。『唖侍 鬼一法眼』は『座頭市』の骨格となったドラマで、現在はDVD BOX化されて、当時の冨田によるモーグ使用劇伴が聞けるようになった。

デンセンマンありがとう』(ワーナー・パイオニア
小松政夫「しらけ鳥音頭/哀愁の一丁がみ小唄」(ワーナー・パイオニア

『みごろ ! たべごろ ! 笑いごろ !!』の劇中歌を集めたサウンドトラック盤。アレンジャーの東海林修コルグシンセサイザー「800DV」を購入して、全編に電子サウンドを導入しているのが聞き所。なぜか、小松政夫の「しらけ鳥音頭」のみ、同社からシングルが出ている小松歌唱版(デュエットはスージー・白鳥こと、YMO関連でおなじみスーザン)ではなく、友川かずきが歌っている。大和田りつこが吹き替えを担当していたボインのエロ戦士、ジルディのテーマ曲は、ザ・ピーナッツ「情熱の花」を電子的にモディファイしたドラッギーなサウンドのコラージュ。いち早くフェアライトCMIを個人所有していた(噂)加山雄三がレギュラーだったことも含め、電子音楽指数の高いバラエティであった。

井上堯之バンド浮浪雲』(ポリドール)

宮前ユキが歌った主題歌「GIVE UP」を、先日の新作アルバムで渚ようこがカヴァーしていて驚いた。ご存じ、ジョージ秋山のコミックのドラマ化だが、ビートたけし版ではなく、それに先駆けて作られていた渡哲也版。完全に『幕末太陽傳』のノリで、タイプライターの音で始まるわ、町人がギター弾いてるわ、歴史考証めちゃめちゃのアナーキーな時代劇だった。珍しく『太陽にほえろ!』の影響を一切受けていない私は、井上堯之バンドへの思い入れはないのだが、本作だけは記念に持っている。

『懐かしの東映TV映画 主題歌・テーマ集』(日本コロムビア

これは珍しいと思う、東映制作のドラマ主題曲のオムニバス。ドラマの映像はレーザーディスク化されている『東映テレビドラマ主題歌大全集 現代編』で観れると思うが、本作は放送時にフルサイズで制作されたレコード音源を集めたもの。『特別機動捜査隊』(ボブ佐久間)、『キーハンター』(菊池俊輔)、『プレイガール』(山下毅雄)、『ザ・ゴリラ7』(三保敬太郎)、『ザ・スーパーガール』(馬飼野康二)ほかを収録。アニメ、特撮系の再発は活発な渡辺宙明氏の『ザ・ボディガード』『大非常線』などの珍しい実写ドラマの主題曲が聴けるのが目玉か。

玉木宏樹怪奇大作戦』(キングレコード
後にバップから正式なサントラ盤がCDでリリースされるが、これは「劇伴の音源テープが現存していない」と言われていた70年代末に、ドラマ音声をレコード化したもの(のちに全音源が発掘され、LDの副音声に収録)。当時はビデオソフトもタイトルが少なく値段も高かったので、こうしたドラマのレコード化は珍重された。昨日の吹き替え洋画のエントリーネタではないが、私がこの盤を買ったころはドラマの記憶などほとんどなく、本編の犯罪者の登場シーンに使われているミュージック・コンクレート風のサウンドエフェクトが衝撃的で、後でビデオを見直した時より音だけのほうがずっと怖かった。

クリエイション「ママ・ユードン・クライ」(東芝EMI

京マチ子主演の水曜劇場のカルトドラマ『家路 ママ・ドント・クライ』の主題歌。ソニーから出た水曜劇場のコンピにも収録されなかったマイナー作品だが、結成してすぐのYMOが人民服でドラマ出演していたり、劇中でかかった曲のリストがエンディングで紹介されるなど、とにかくアングラなノリ連発の作品で、思春期の私をいたく刺激した。中国語版「YMCA」と、挿入歌だった郷ひろみ「マイ・レディー」がヒットしたのに、ほとんど本編を忘れている人が多いはず。当時、『オールナイトニッポン』リスナーの間では有名だった、犬猿の仲だったタモリ近田春夫がレギュラーで初共演。あまりにカルト過ぎて視聴率が振るわず、2クール目から『家路 パートII』に改題されて主題歌も変わったが、なんとクリエイションの同じ曲に、ミュージック・コンクレート風に様々なノイズを被せるというよりストレンジに改作したものに。竹田和夫のクリエイションは「スピニング・トーホールド」や『ムー一族』の「暗闇のレオ」などのサンタナ風の軽快なラテンロックで有名だが、近田春夫ニューウェーヴ勢とも関係が深く、本作は加藤和彦のプロデュース。かなりクレイジーな音に仕上がっており、ベスト盤などでも一切CD化されたことがない。

後藤次利BAND「怒れ兄弟!」(ビクター)
INPUT「ロンリー・ロード(鞍馬天狗)」(キングレコード

沢田研二のアレンジでニュー・ウェーヴづいていた、売れっ子の編曲家だった後藤次利が担当したカッコイイ主題曲2つ。前者は日本テレビの刑事ドラマで、劇中曲「1999」を含めたアルバム『ビヨンド・ザ・エンド・マーク』も出ており、こちらはGOTO'S TEAMの名称になっている。『太陽にほえろ!』路線の暑苦しいメロディを、カーズ風のパワーポップに調理。後者はおそらく松武秀樹が参加していると思われる、草刈正雄伊藤つかさ主演の、TBSの伝説的時代劇の80年代版リメイクの主題曲。とにかく、全編にYMOみたいな過激な電子サウンドが使われている異色の時代劇で、あまりにカッコイイのでサントラ盤のリリースを期待していたのだが果たせなかった。

堺正章「今では遅すぎる」(日本コロムビア
堺正章SONGOKU」(ビクター)

祝DVD化! 香取慎吾のリメイクでも最終回に使われていたゴダイゴのサントラ『MAGIC MONKEY』は、私の青春期のバイブル。冒頭曲「ザ・バーズ・オブ・ジ・オデッセイ」の変拍子が、ザッパ、ジョン・ゾーンなどのアヴァン趣味への導入曲にもなったという意味で、重要な作品でもある。これは、ゴダイゴブレイクにあやかって、かつてGS仲間だった主演の堺正章からオファーされて作られた、第一シーズン、第二シーズンの挿入歌。ともに演奏はゴダイゴ。前者はゴダイゴのアルバム曲「サンキュー・ベイビー」の日本語カヴァー。このころ、同じゴールデン・カップス柳ジョージがブレイクするなど、GS再評価の動きもあり、マチャアキはこのすぐ後に、柳ジョージ「ステイ・ウィズ・ミー」という、これまたカッコイイディスコ曲を吹き込んでいる。

高橋達也と東京ユニオン『大都会パートIII』(ポリドール)

『大都会パートI』の0座標、『パートII』のGAMEの音楽もよかったけど、サントラの音響設計の緻密さでは本作がベスト・オブ・ベスト。柳沢慎吾もよく物真似しているが、黒岩軍団のころの渡哲也の凄みは、ホンマモンの筋ものが刑事をやっているみたいに見えた。撮影時の裏方の元大道具だった弁慶を、役者としてキャストに迎えるなんていう型破りなエピソードもあって、終始『パートIII』の伝説には圧倒されていた。取り調べの時に、怖くなった容疑者が小便を漏らすという描写は、私はこのドラマで初めてみた。北野武登場以前の、映像による暴力描写の集大成。『西部警察』の第一話で出てきた、車検をとったタイヤ駆動式戦車の迫力など、しょせん甘ちゃんなのだ。

SHOGUN『ローテーション』(CBSソニー

松田優作探偵物語』の正規のサウンドトラック盤は、番組終了後にバップから2枚リリースされているが、本放送中にはその代わりに、主題歌、劇中歌を中心にしたこのSHOGUNのセカンド・アルバムが、『探偵物語』の準サントラ盤として聴かれていた。ご存じ、吉野藤丸、ケーシー・ランキン、大谷和夫といった名うてのスタジオ・ミュージシャン集団で、当時はスペクトラム、パラシュート(山木秀夫SHOGUNと兼任していた)など、TOTOのようなスタジオ集団が、各々で個性的な凄みのある作品を作っていた。主題歌2曲ともシングルとは別テイク。「バッド・シティー」のエンディングのモンタージュも見事。「イマジネーション」で聞ける大谷和夫のシンセワークは、たぶんジョルジオ・モロダーがプロデュースしたドナ・サマー「アイ・リメンバー・イエスタディ」が元ネタだと思う。「マルガリータ」は、なんとずうとるびソニー時代にカヴァー。毎週、場違いにも『南伸介の凸凹大学校』のエンディングテーマでこの曲が使われていた。

大野雄二「大激闘」(日本コロムビア
大野雄二「犬笛のテーマ」(徳間音楽工業)

『大追跡』でかなりシャープな音楽を書いた大野雄二だが、やはり大人っぽ過ぎたのかドラマも成功作とは言えずに終わり、刑事ドラマ再登板となった前者の劇伴では、かなり『太陽にほえろ!』のテーマを意識。熱血刑事もの路線のトランペットがリードを吹く哀愁の旋律を狙っているが、元々の都会的な作風とのコンフリクトがあって、結果バースごとに激しく転調する、アヴァンギャルドな曲になった。これはこれで美味。ドラマも不調で、途中で『特命刑事』という冴えないタイトルに変更されている。熱望していたアルバムは未発売だったが、後にバップからCDでリリースされた。エンディングを歌っているのは、タリスマンの木村昇。後者は、大野雄二もののレコードでは比較的レアだと思う、同じく日本テレビ西村寿行原作のミステリードラマの主題曲。大野は映画『黄金の犬』のサントラも出していて、やたら犬づいていた時期。

本多俊之ラジオクラブ「CRY(代議士の妻たち)」(東芝EMI

TBSの政界舞台ドラマのテーマ曲。『マルサの女』で日本アカデミー賞音楽賞を取ったりと注目されていた時期に、まさに『マルサ』調のサスペンスな主題曲を書き下ろした(この手のドラマの主題曲のインストがシングル化されることが、当時は珍しかった)。アルバム未収録作品なので本多ファンでも知らない人がいたりする、隠れた名曲。『マルサの女』もよかったけど、高島政宏が主演した原田真人監督の『ゴリラ』のサントラも、めっちゃカッコイイよ!

金田一耕助の冒険(特別版)』(キングレコード

犬神家の一族』で横溝正史ブームで湧いていたころ、映画のサウンドトラック盤とは独立した原作を元にしたイメージアルバムとして制作された企画LPに、古谷一行のテレビシリーズで使われた全主題歌をボーナス収録したもの。本文にも書いたが、クールな四人囃子の打ち込み風サウンドをバックにした、茶木みやこ「まぼろしの女」が使われた第一シーズンの、古谷一行が出てくるエンディング映像はとにかく「神仕事!」の一言。未だに見ると泣く。

桑名晴子バニシング・ポイント」(日本フォノグラム)

桑名正博の妹で、べーカーズ・ショップのヴォーカル。ムーンライダーズ岡田徹がプロデュースしたアルバムも良かったけど、私は初体験だったこの森村誠一原作『青春の証明』のエンディング曲のカッコヨサに痺れていた。井上鑑作曲の、コードワークの秀逸な逸品。森村誠一シリーズでは、これのみ先日全話がDVD化されており、こないだまでこのドラマの有馬稲子の「貴方は卑怯者だわ!」という有名なセリフにハマっていて、ちょっとした緒方拳ブームであった。