POP2*5

過去にはてなダイヤリーで連載してた連載コラムのアーカイヴです。

バリー・グレイ山脈征服への道


CDアルバム バリー・グレイ/Stand by for action! バリー・グレイ作品集



サンダーバード・コレクション〈3枚組〉 (初回生産限定)


 以前も思い出話のエントリで触れているが、ワタシの音楽観の形成した要素の一つに、映画のサウンドトラックがある。音楽と同じぐらい映画が好きだった思春期のワタシにとって、サウンドトラック盤を所有することは映画を所有するのに等しかった。「物心ついたころには、すでにツタヤがあった」という世代には想像できないかも知れない。映画ソフトが普及し始めた80年代初頭のVHSの値段は、1本2万円台なんてのが当たり前。当時はまだ「映画ソフトを所有する」なんていうと、「芦屋小雁が16ミリフィルムのコレクターとして有名だよね」なんて会話が当たり前のように交わされていたし。市場がまだ未成熟だったために、生産本数が少ないことから、こんなに高価で売られていたわけだが、劇場版『うる星やつら』みたいに映画の公開日にソフトが発売されるみたいな、今では考えられないような掟破りなことも許されていた時代だから。宇宙企画かわいさとみの美少女AVが、オリコンチャート入りしたなんて話題もありましたな。懐かしい。ワーナーホームビデオなんて、ずーっとレンタルだけでVHSもセル販売始めたのはずいぶんしてからだし。ごく初期は「ワーナーのビデオしか置いてない直営のレンタル屋」なんてショーバイが成立するという、牧歌的な時代であった。……って、脱線しすぎた(笑)。つまり「映像」を所有することが容易ではない時代に、映画を観た感動を何度も追体験できるものとして、もっとも身近で実現可能だったのが「サントラ集め」だったのだ。
 だが、サントラ好きと言っても、世間に顔向けできるようなものではなかった。ワタシの知人であるヘヴィーなサントラ・コレクター&監修者、元土龍団の濱田高志氏にそんな話しようものなら、「どこが?」とか言われそう(笑)。東京や大阪の都会っ子と違って、地元に1局しかないFM放送で映画主題歌をエアチェックしてテープを集めていたぐらいの、カワイイ田舎の少年でしたから。いまでこそ「エンニオ・モリコーネが好きで」とか言えば「オシャレ〜」と言われるようになったが、自分が田舎の中学生だったころは、映画音楽なんて聞いてるとバカにされたし。それでも、ロックでは得られない流麗なストリングスにうっとりする快感は忘れられなくて、東京に出てきてからもニュー・ウェーヴ系の12インチを集めながら、新宿のトガワレコードとか渋谷のすみや、高田馬場のタイム、ずいぶんしてからだが東北沢のラストチャンスレコードとか、休みになると足繁くレコード店に通って「サントラの中古盤」なんてのをずいぶん漁ってきたものだ。後に「渋谷系サントラブーム」の火付け役になった、サバービア・スウィートの橋本徹氏とも懇意になって、彼のミニコミにはずいぶん勉強させていただいた。
 しかし、元々研究家肌でなにかと作家別とか分類調査したがるワタシでも、田舎で独自の価値観を形成したものだから、他の映画音楽好きの方々と会っても、なかなか話が合わせられなくて焦ったことも多い。サバービア・ブームの頂点のころ、本編を観たこともないイタリアのマイナー映画のサントラ、いわゆるチネジャズが大量に日本に紹介されたときも、まわりの皆がアルマンド・トロヴァヨーリの『セッソ・マット』とかに群がっている中で、自分一人シコシコとリズ・オルトラーニ(『世界残酷物語』『黄色いロールスロイス』など)なんかを集めたりして。今、ウチのサントラLPコーナー観ても、ジョン・モリスメル・ブルックス映画の座付き作家)、サイ・コールマン(いちばん有名なのは『スウィート・チャリティ』かな)、ジョニー・ウィリアムス(ジョン・ウィリアムスが巨匠になる前の、恋愛物、コメディ映画をたくさん書いてた時代の作家名)、ネルソン・リドル(ご存じフランク・シナトラの御前バンド)などなど、お目当てで集めている作曲家のリストはかなり変わっている。ニール・ヘフティミシェル・ルグランピエロ・ピッチオーニ&ウミリアーニとか、ヨソ様に出しても恥ずかしくない作曲家のレコードもたくさん持ってはいるけれど、個人的に聞いてウットリするようなタイプの作家は、どちらかといえば先の例のような甘いストリングスや技巧的なリズム、録音のギミックで驚かせてくれる作家のほう。
 そんな中で、孤独なワタシの研究対象としていつも気がかりだったのがイギリスの映画音楽作家だ。といっても、世界的に有名な人ってジョン・バリーぐらいで、後は『おしゃれ(秘)探偵』のルーリー・ジョンソン、『ドクター・フー』のロン・ゲイナー、アラン・ホールズワース、アラン・テウとかそんな小粒な感じ。イギリスにはアメリカのハリウッドやイタリアのチネチッタ、ドイツのウーファみたいな、映画の黄金期というものがないから。今でも映画産業は日本より小さいぐらいだが、70年代は俊英のニコラス・ローグが登場したり、『小さな恋のメロディ』とかが本国以上にヒットしたりして、日本ではハリウッド映画ばりに英国映画がメジャーな話題を振りまくことも多かったのだ。ビートルズゾンビーズを生んだブリティッシュ・ビートの国なので、よく段ボールに入って3枚千円とかで売られている、英国のテレビ主題歌コンピのLPとかをちまちま集めたりしてる中で、本編は見たことないけどグッとくる、カッチョイイ主題歌に出会う機会も多かったし。先日も紹介したファクトリー・レコードの伝記映画『24アワー・パーティー・ピープル』を観てたときも、トニー・ウィルソンの妄想場面で無人島に漂着するシーンでかかった音楽なんかを聴いて、「おお、『ロビンソン・クルーソー漂流記』」なんてことが一瞬でわかったりして。英国映画らしさを堪能して、ほくそ笑んでいたワタシであった。
 だが、そんなサントラ漁りの日々の中で、好きなのにまったく全貌が見えないというイギリスの映画音楽作家に、バリー・グレイがいた。ご存じNHKでやってた人形劇『サンダーバード』の音楽を書いた作曲家である。直接意識したのはずいぶんしてから。『サンダーバード』のリバイバルブームの折かなにかで、英国製の10インチ『NO STRINGS ATTACHED』というタイトルの、一連の人形劇の制作者だったジェリー・アンダーソンの主題歌集が出たときだ。最初は「おお、懐かしい」ってなノリで、気楽に楽しんでいたのだが、よくよく聴きこむと、有名な『サンダーバード』の冒頭のカウントダウンのコードとか、かなり前衛的というか技巧的。『キャプテン・スカーレット』『海底大戦争スティングレイ』『謎の円盤UFO』とか、どの主題歌も転調が効いていて、ブリティッシュ・ビートの雰囲気ムンムンなのな。けれど、バリー・グレイ好きって人は、本来は特撮とかアニメのファンが大半。ワタシのように本編のマリオネーションのほうを観るのはちょっと退屈という、「バリー・グレイの音楽のみのファン」というのは、かなり珍しい。
 そっから意識して集めようと決意してみたのだが、どのサントラ・コレクターブック観てもバリー・グレイなんて載ってやしない。アメリカのサントラ本では、代表作『サンダーバード』すら扱ってない(というのも、2004年にビル・パクストンが出てハリウッドで映画化されてるが、そもそも『サンダーバード』はアメリカではテレビ放映されてないのだ)。いろいろ調べてみると、この御仁。ほとんどのフォルモグラフィーが、ジェリー・アンダーソンが制作したテレビシリーズだけなのだ。よって映画作品もほとんどなく、そもそもテレビ・ドラマのサントラなんてほとんど存在しないわけで。それで、唯一の公式盤だった先の10インチと、映画版『サンダーバード』のサントラを見つけて、その2枚を何度も聞き込みながら、本編のフルアルバムのサントラがあることを夢見て、いつか出会うかも知れない期待に胸をわくわくさせていたのだ。結局、海外のコレクターに聞いても、子供向けのダイアローグ入りのLPぐらいしか存在しないと言われて、がっくりきてたんだが、そんなときに、日本でもおなじみFAB名義のバリー・グレイ主題歌のリミックス盤が出たってワケですよ。実はその数年前、『ジョー90』の粗悪なディスコ・ミックスの12インチを買ってガックリしたことがあったので、あまり期待せずに聞いたら、なかなかいいんだよね、これが。けっこう周りでも話題になり始めて、確かそれを前後して、テレビ東京で『サンダーバード』の吹き替え新録のリバイバル放送が始まったりして、ちょっとしたブームに。そこから、各社で『サンダーバード』関連アルバムというのがドドドって商品化されたのだが、なんとどれもがスコア盤の新レコーディングばかり。それで、一部のファンの間では「すでにサウンドトラック素材は紛失したのでは」というのが定説化していたのだ。
 ところが、インターネットの力は偉大だと思わせたのは、ワタシがネットを始めたばかりの90年代最後のころ。『サンダーバード』の制作者、ジェリー・アンダーソンのファンサイト「Fanderson」というのがイギリスにあって、そこがファンクラブ会員のみに、一連のバリー・グレイ作品のサントラCDを売っていたのである。もう発狂しましたよ。正直言えば、ジェリー・アンダーソン本人にそれほど関心のないワタシにとって、当時で年会費4000円というのは相当な出費。しかしながら、「欲しいサントラは競争率が高いので大抵高い」「次に行ってもないのが当たり前の一期一会の世界」というのをよくよく知ってたので、当時はクレカも使えなかったから、大変な思いでイギリスに郵便為替を送ったのだ。荷物が到着したときは、本当に嬉しかったな。当時出てたのは『宇宙船XL-5』と『スーパーカー』のカップリング、『謎の円盤UFO』だったかな。内容も期待に違わぬもので、聞きこめば聞きこむほど、「バリー・グレイってなんて素晴らしいの」「なんでこんなにサントラ界では無名なの」という思いを強くしたのであった。
 というわけで、今回バリー・グレイを取り上げたのは、その全貌をまとめた『バリー・グレイ作品集』と、大量の未発表リールを含むCD3枚組『サンダーバード・コレクション』(ともにランブリングレコード)が先日発売されたからである。その解説によると、亡くなった作曲家の家から6ミリテープを10年前に監修者が引き上げ、丹念に調査をして権利をクリアランスするという、気の遠くなるような作業を経て、今回の作品集がついにリリースの運びとなったとのこと。いやもうホント、勇ましい特撮映画音楽って先入観だけ強いだろうけど、ブリティッシュR&B風や、ジャズ「テイク・ファイヴ」のパロディー、ピチカート・ファイヴの『ロマンティーク96』あたりが好きなファンなら狂喜乱舞するバロック×ダバダバもの(『ロンドン指令X』)など、バリー・グレイ本人への興味がいっそう募ってしまうほどの、見事な咀嚼力とその多彩さ。本作の監修者の10年前からの発掘作業がきっかけで、先の「Fanderson」のファンクラブ向け限定CD、その後のシルヴァ・スクリーン(日本ではランブリングレコードが配給)での一般販売に至ったということらしく、その道のりをライナーノーツを読んで関心させられた。いやもうホント、頭が下がります。
 今回入手したのはランブリングレコードの日本盤のほうなんだが、力の入ったパッケージングといい、サントラ復刻の鑑ともいえる良質仕事。とにかく、ワタシのような特撮オンチが夢中になっちゃうぐらいだから、映画音楽好きなら誰でもハマること請け合い。ぜひ、視聴機ででも体験してみることを強くオススメする。ということで、今回はせっかくだから、「バリー・グレイ山脈到達」までの紆余曲折で出会った、ウチにあるバリー・グレイ関連の珍品のたぐいを、ざっと紹介してみることにした。



バリー・グレイファンにとってスルメのような入門アルバム。『サンダーバード』『キャプテン・スカーレット』『海底大戦争スティングレイ』『ジョー90』の主題歌をまとめた10インチの『NO STRINGS ATTACHES』(左)と、テレビ放映直後に公開された、映画版『サンダーバード』のサウンドトラック盤。



ジェリー・アンダーソン作品の主題曲を調理した、秀作リミックスを集めたFAB『サンダーバード・テーマ・リミックス』(左)。これの思わぬヒットで、当時の配給会社だったジムコも悪ノリして、そっからカットした3枚のマキシを集めた『メガミックス』と、3枚のCDシングルに今井科学のプラモデルを梱包した『スペシャル・パッケージ』をリリース。



今でも一部は入手可能な、イギリスにあるジェリー・アンダーソンのファンサイト「Fanderson」で会員のみに通販している一連のサウンドトラックアルバム。本編に興味のないワタシには、年会費などかなり高い出費になったのだが、ヤフオクとかで1枚2万円とかで落札してる人もゾロゾロいたので、今では入っててよかったと安堵している。『謎の円盤UFO』はDVD-BOXが出たタイミングで、たのみこむが一度CD化しているが、おそらく「Fanderson」の限定発売品の音源を使おうという腹づもりだったのだろう。ところが許可が下りず、通信カラオケみたいなシンセ音源で日本で新録したスコア盤に変更になり、ファンの怒りを買うことに。ワタシも買ったけど、売れ残ったからなのか、限定発売のはずが後から一般発売したのには頭にきたな。




同じ監修者による発掘音源を元に、シルヴァ・スクリーンが『キャプテン・スカーレット』のサントラを初めて一般にCDリリース。その後、『サンダーバード』のハリウッドでの映画化などの追い風もあり、こちらのシリーズもカタログが充実。ダブりも少なく、「Fanderson」盤所有者への配慮に涙が出る。映画公開時には、ブックレット付きの豪華オムニバス『GERRY ANDERSON EVOCATION』(右)が英EMIからもリリースされた。



アナログ盤オンリーのもの2タイトル。FABが出る前に、イギリスでこれのみ単発でリリースされていた『ジョー90』のクラブミックス(左)。内容は凡庸なもの。もうひとつはかなりレアな一枚で、BBCラジオフォニック・ワークショップの復刻などで有名な「TRUNK」がアナログで限定販売していた『謎の円盤UFO』のサウンドトラック(「Fanderson」盤の編集盤)。今回のライナーノーツ読んで初めて知ったけど、バリー・グレイもBBCラジオフォニック・ワークショップに出入りしていた作家の一人で、テルミンやオンドマルトノなどの黎明期の電子楽器を使っていたらしい。



これは以前の「主題歌コレクション特集」でも紹介した、ハリー・グレイ関連のレーザーディスク2枚。左はジェリー・アンダーソン作品の主題歌集で、A面が英国版、B面が日本版。我々の世代にはおなじみの、上條恒彦が歌う『スペース1999』なんてのはこれでしか聞けない。広川太一郎のナレーションも嬉しい。右はFABのリミックス盤がヒットしたときに出た、急ごしらえの映像編集盤。内容はそれほど面白くはない。



「すでにサウンドトラックは存在しないのでは?」と言われるきっかけとなった、「Fanderson」からの正規音源リリースの前に出ていた一連の新録スコア盤。『ジェリー・アンダーソンの世界 組曲サンダーバード』(アポロン)は、ジェリー・アンダーソン公認アイテムで、後にバップから新装盤も。『サンダーバードBGM』(バンダイ)は、テレビ東京でのリバイバル放映時に、新しい吹き替え版制作のため、日本人の編曲家が聞き取りで起こしたスコアを元に新録音したという、当時唯一の『サンダーバードサウンドトラック盤。当初は今井科学のプラモデルのCMを入れたVideoCDが付いたBOXとしてリリースしたものを、後にジュエルケースで再発。短冊形のシングルCDもテレビ放映のために新録した日本語主題歌のカットで、昔ビクターから出たハニー・ナイツのオリジナル、カラオケとカップリングしたもの。



正規のサントラが出なかったため、自分で吹き込んじゃったミュージシャンまでいた。左は元ヒカシューの井上誠氏が『ゴジラ伝説』の方法論で、『サンダーバード』主題曲をアナログ・シンセでカヴァーした珍品フォノシート。右は一昨年に突如リリースされた、『サンダーバード』主題歌のみを様々なアーティストがカヴァー、リミックスしたという『トリビュート・トゥ・サンダーバード』。渋谷にサンダーバード1号が降り立つというジャケットのCGが、樋口真嗣チック。みうらじゅん小西康陽ブラボー小松、ザ・サーフ・コースターズといった面々の中に、なぜか再結成したジグ・ジグ・スパトニックの名前も! 聞き所は唯一カヴァーではなくオリジナル曲を贈呈している上野耕路のソロ「if IR supported to move the Empire State Building ~Terror In New York City -Unde Barry and the Danger Zones-」。この一曲のためにこのアルバムを買ってもいいというほど、バリー・グレイの前衛性を真正面から捉えた傑作インストに仕上がっている。