POP2*5

過去にはてなダイヤリーで連載してた連載コラムのアーカイヴです。

リアル・フィッシュ『遊星箱』(ブリッジ)

REAL FISH:遊星箱

REAL FISH:遊星箱

 12月8日、9日に東京カルチャーカルチャーで開催される2夜連続企画「POP2*0ナイト」の後半戦、9日の<邦楽ポップ編>には、私の心の師匠である元Shi-Shonenフェアチャイルド戸田誠司氏にゲストで登場していただく。前回、遊びに来ていただけなのに、無理矢理お呼びして壇上に上がっていただいたのに味をしめ、「今回はぜひ全編に出てください」と小生が懇願して、戸田氏のトークが聞ける貴重な機会を作ることができた。「歌謡テクノ」や「アニメ劇伴」の代表的クリエイターとしてのみならず、「初音ミク」についてもミュージシャンで唯一言及している貴重な存在で、まさにこのイベントのための現人神のようなお方。なにしろ、20年前の雑誌連載担当時代から、楽屋裏での話が一番面白いのを知っている小生であるから、戸田トークがたっぷりフィーチャーできるというだけでコーフンを隠せませぬ。ちょうどタイミングよく、戸田氏がメンバーをつとめていたもう一つのグループ、リアル・フィッシュのBOXセット『遊星箱』が発売されたばかりの絶好のタイミングでもあるし。
 今回紹介する『遊星箱』は、ビクターからリリースされた3枚のアルバムと12インチに、初公開となるライヴ音源を加えた豪華5枚組。LP未収録だった12インチ「ジャンクビート東京」は、オリジナルCD発売時にはサード・アルバム『4-when the world was young-』の最終曲の前に配置して収録されていたが、アナログに忠実な今回の紙ジャケ復刻では、同曲のPVをCD Extraで追加収録した単独盤として組み込まれている。そのオリジナル4枚と、もう一つは『生魚』と題されたボーナスディスク。メインとなるのは名古屋ハートランドで収録された初の公式ライヴ音源で、20年の時を超えて初めて公開されるという貴重なもの。「夢遊病者の散歩」なる未発表曲もこれが初公開。また、リアル・フィッシュのプレビュー盤ともいうべき、徳間ジャパンの「水族館レーベル」(鈴木慶一主宰)の第1弾VA『陽気な若き水族館員たち』から、特別に「ガムラン・ホッパー」、「遊園地」の2曲を抜粋収録。このBOXがあれば、全メジャー音源が手に入るという太っ腹企画である。
 リアル・フィッシュは81〜87年まで活動していた、「ラウンジブーム」、「ニューエイジ」などを先駆けていた、早すぎた新感覚インスト楽団。84年ごろから、立花ハジメムーンライダーズ周辺組の新人としてメディアに登場していたが、ヴァイオリン、サックスを含む小型オーケストラ編成でロック/ポップス・ナンバーを演奏する、当時としても珍しい存在だった。六本木インクスティックでのライヴを、たまたま客として来ていた元ジャパンのデヴィッド・シルヴィアンに見初められ、デヴィッドに「プロデュースしたい」と言わしめた伝説まである。同様にインクのステージ演奏を観てハワード・ジョーンズが絶賛し、急遽ハワードの前座として出演することになったワールド・スタンダードのように、この時期の日本の新鋭グループは、世界の大物アーティストたちの注目の的だったのだ。
 拙著『電子音楽 in JAPAN』の最終章、戸田誠司氏のインタビューでもリアル・フィッシュ結成までの経緯について聞いているが、もともと各大学のジャズ研出身者の生え抜きが校外活動の一環として結成した“フリークス”というバンドが前身。それが、リーダー矢口博康の衝撃的な「ノー・ウェーヴ体験」をきっかけに、“反ジャズ”を旗頭にしたグループとして、リアル・フィッシュに再編成される(戸田氏が加入するのはここから)。小生がリアル・フィッシュの存在を最初に知ったのは、先に紹介した「水族館レーベル」のコンピレーション盤。ムーンライダーズの不朽の名作『青空百景』が生まれた彼らのホームグラウンド、湾岸スタジオでデモを制作していた、ポータブル・ロック野宮真貴が在籍)、VOICE、ミオ・フーなどの曲がここには収録されていたが、リアル・フィッシュは唯一の外部参加組として先の2曲を提供していた。とにかく、それを聴いたときの衝撃をどう伝えればいいのやら。ザッパみたいなオーケストラ編成で、ディズニーの映画音楽のような前衛インストを演奏している若手グループがいるってことだけで興奮したもの。“ポストYMO”を狙う一群(例のニューロマっぽい流れとか)が大挙登場してくる打ち込みマンセーの時期だったので、オールマニュアルのテクニック集団というも新鮮だった。ただ、アコースティック楽団といっても一発録音ではなく、各パートを別録りして『ファンタジア』のストコフスキーばりに立体音響的にミックスする手法は、多分にポストテクノ世代的。ちょうど出たばかりだった、「ディズニーに捧ぐ」というオマージュ文で紹介されていたヴァン・ダイク・パークスの新作『ジャンプ』の耳触りに近い、<ポップな前衛>といった印象を強く植え付けさせた。
 YMOがブレイクした後の時代とはいえ、インスト主体のバンドのデビューは珍しかった。こうしたユニークな存在が、同僚のポータブル・ロック、VOICE、ミオ・フーらとの競演企画とは言え、メジャーから出ていたことに、あの時代の面白さがある。とにかくあの時期の徳間ジャパンは個性的なレコード会社だった。ムーンライダーズ(『マニア・マニエラ』、『青空百景』)、P-MODEL(『パースペクティヴ』、『アナザー・ゲーム』)や、後にはヒカシューまで移籍してくるという、80年代ニュー・ウェーヴの息吹を唯一継承していた同社。もともとは、ビクターから独立したラフトレードを日本に配給する目的で作られた会社で、最初の記者発表の資料には、冨田勲社長と、制作のチーフとしてあのベルウッド〜矢野顕子を輩出した日本フォノグラム時代の、華麗な歴史を誇る伝説のA&R三浦光紀氏の名前が記されている。先日のイベントでも紹介した、小生の編集で単行本企画が予定されているプロデューサーの牧村憲一氏は、三浦氏とは大学の後輩先輩の関係であり、氏をこの業界に引き入れたのも三浦氏だったという深いつながりも。実はその単行本の取材のために先日、初めて三浦氏にお会いしたのだが、本人から聞かされた80年代当初の徳間ジャパン誕生のドラマは、私をいたく興奮させた(詳しくは来春発売予定の牧村憲一氏の著書でお読みくだされ)。9日のイベントでもキーとなる、伊藤つかさ「恋はルンルン」、安田成美風の谷のナウシカ」などのYMO メンバーを起用した「歌謡テクノ」の名作群は、なにしろ三浦氏が仕掛け人。その後も徳間グループの映像事業進出の推進役を務め、同社のアニメージュレーベル設立につながっていくのだが、この初期にヒットとなった「魔女っ子シリーズ」の声優を務めた新人アイドル、太田貴子小幡洋子らまだ実績のなかったビーイング系のタレントを積極的に起用したことでも、徳間ジャパンはアニソンの歴史で重要な位置を占めている(同じビーイング出身のBOφWYも当時徳間ジャパン所属)。そういう意味では、徳間ジャパンの「歌謡テクノ」〜「アニソン」の歴史自体が、まさに今回のイベントの中核をなしていると言ってもいい!(キッパリ)。Perfumeが同社からメジャーデビューしたのにも、ある種の運命を感じるし(笑)。
 リアル・フィッシュの所属事務所だったオレンジ・パラドックスは、元YMOマネジャーだったI氏が興した会社だが、I氏もまた日本フォノグラム時代の三浦氏と先輩後輩の間柄。主宰の慶一氏が「水族館レーベル」の命名理由について聞かれ、「リアル・フィッシュやサイコ・パーチズ(慶一+さえ子ユニット)など、魚の名前が多かったのに因んだ」と言っていたように、リアル・フィッシュはある意味、レーベル・カラーを決定づける存在だった。ところが、サザンオールスターズ桑田佳祐に見初められ、彼らのヒット曲「BYE BYE MY LOVE」のアレンジにリアル・フィッシュがクレジットされることに。その縁もあってなんと、ビクター・インビテーションレーベルからデビューするという大きな話に発展し、サザンの弟的なバンドとして、世に登場することになったのだから不思議な話。前年(83年)、「大人のための初めての音楽サロン」として六本木WAVEが誕生し、今日のメガストア時代へと突入していくきっかけとなるが、それぐらい何か新しい時代の予感にワクワクできた、あの時代を象徴するような出来事が、リアル・フィッシュのデビューだったのだ。
 ご存じのように、リアル・フィッシュから矢口博康(サックス)、美尾洋乃(ヴァイオリン)が抜けると、戸田誠司(ギター)、福原まり(キーボード)、友田真吾(ドラムス)、渡辺等(ベース)の4人編成の戸田氏がリーダーのグループ、Shi-Shonenとなる。サザンのアミューズの縁もあってか、こちらのShi-Shonenのほうはその後、傘下のジャミング(森雪乃丞の事務所)の所属に。ジャズ出身ということで珍しく譜面が読めるロックバンドだったShi-Shonenは、アミューズのアイドル、富田靖子宮崎ますみなどのレコードに参加したり、アミューズの母体である渡辺プロダクション山下久美子のツアーのバッキングを担当することとなるのだが、その後、戸田誠司氏が「歌謡テクノ」のクリエイターとして注目されることになるわけだから、今となってはサザンとの妙縁にも感謝である。
 今回のBOX『遊星箱』の発売元であるブリッジは、所属事務所だったオレンジ・パラドックスの社長だったI氏が経営するレーベル。すでに鈴木さえ子ショコラータMELON、THE SPOILなどの80年代組の復刻を手掛けているとはいえ、最初にリアル・フィッシュをBOXで復刻するという話を聞いたときは、さすがの私もビックラこいた。しかし、ペンギン・カフェ・オーケストラリバイバルしたりする昨今。20年の時を経て、リアル・フィッシュが再評価される機運は十分ある。サザンの桑田が他流試合として残した唯一のレコードとして、近年「ジャンクビート東京」の12インチがずっとヤフオクなどで高値で落札されてきたのも知っているので、今回のオリジナル形態での復刻はサザンファンにとっても福音だろう。実はずっとShi-Shonen派だった小生にとって、サザン村の住人だったリアル・フィッシュは近くて遠い存在だった。だが、たまたま晩年のレコーディングに立ち会ったエピソードを書いた拙ブログのエントリが監修者の方の目に止まり、ありがたくも声をかけていただいて、今回のBOX用のブックレットに拙文が収められることとなった。その執筆作業の過程で、私がいかにリアル・フィッシュを愛しているかを20年越しに知ることとなり、文章量も規定枚数の3倍に(トホホホ)。ニュー・ミュージック復刻ばりの入魂仕事となったので、ぜひお買い求めの際には拙文に目を通していただきたい。
 リアル・フィッシュ『遊星箱』は12月4日、ブリッジより限定発売。おそらくすぐに品薄になってしまうと思うので、ぜひ今すぐに予約をして手に入れませう!