POP2*5

過去にはてなダイヤリーで連載してた連載コラムのアーカイヴです。

本秀康『レコスケくん』COMPLETE EDITION(ミュージック・マガジン)




 普段、『のだめカンタービレ』ぐらいしか読まないマンガ読書習慣のない小生だが、それでも年に何回か読み直すお気に入りのコミックスがある。本書『レコスケくん』もその一つ。『コミックIKKI』連載の『ワイルドマウンテン』ほか、イラストレーターとしても活躍中の本秀康氏が、『ミュージック・マガジン』〜『レコード・コレクターズ』に連載していた人気マンガの単行本。絶版になっていた前ヴァージョンを大幅に増補して出た「コンプリート・エディション」である。プラケースに乳白色の印刷が載せてある造本デザインなど、EMIやWEAのリマスター・エディションの復刻盤のような細かな演出が施してあって、実に心憎い。おなじみ連載分の『レコスケくん』にはカラーリゼーションが施され(音で言えば、さしずめサラウンド化のようなもの?)、本編から派生した未収録だった番外編(Bサイド・コレクション風)、巻末には前回の『レコスケくん』単行本収録に際して描き直された各エピソードの元となる、オリジナル原稿(アーリー・ヴァージョン)などがボーナス収録されている。隅々にまでライノ魂というか、正しい復刻マインドが宿っていて、唸らされてしまう仕上がりである。コレクターとしては、これは読書用、保存用、友達へのプレゼント用に最低3冊は買わないとダメですな(笑)。個人的に感心したのが単行本と微妙に展開の違うオリジナル原稿で、ダニエル・ジョンストンなどの本氏の画風のルーツを垣間見れる一コマもあった。
 未読の方に説明しておくと、主人公はジョージ・ハリスン命のレコードコレクター、レコスケくん。中古レコード店通いを生業とするレコスケくんを中心に、友達以上恋人未満なヒロインのレコガール、ライバル的存在のレコゾウくんらコレクター仲間と繰り広げる、レコード収集家の日常を扱ったショート・ストーリー。全国のその筋の人たちが読めば、思わずうなずき、赤面し、タメ息をつくこと必至な、抱腹絶倒のエピソードが満載である。マニアが並ぶ恒例の中古バーゲンセールで「友達2人で攻めて効率よくレア盤をたぐる方法」や、金策のため中古レコード店に下取りを出そうと、レコード棚から物色するときに「残すのと売るのをより分けるときの基準をどうするか?」といったエピソードは、ビンボーな音楽ファンの複雑な心理が描けていて見事。「店に入ったらまず、誰も見ない企画モノの仕切り盤あたりを探ると、誰かが次に来たら買うつもりで隠してあるレア盤が見つかるかも」なんていうプロファイラーまっ青な分析描写は、まるで自分の日常の行動を覗かれているようで恥ずかしい(笑)。このあたりの本氏の審美眼、観察眼には、何度読んでも唸ってしまう。「フジテレビ欽ドン係の筆圧跡のあるロッド・スチュワートのLP」だの、「『オール・シングス・マスト・パス』の箱に、国生さゆりのファーストが間違って入っている」だの、なんとなくありそうな「欽ドン」「国生さゆり」というチョイスがいちいち絶妙で笑わせる。このへんの微妙なリアリティの積み重ねは、中古レコード店に何度も通って、3枚1000円コーナーを必ず見ている人にしか出せない味なのだよ(笑)。
 ここのところ、12月の8日、9日のイベント用の仕込みをやっていて、やっと8日<洋楽ロック編>の下準備が片付き、9日<邦楽ポップ編>の音選び作業をしているところ。実は『イエローマジック歌謡曲』関係以外はそんなによく知ってるわけではない小生(すいません……世代なもので)であるからして、初音ミクPerfumeなどの最近の傾向を改めて洗い直して、その出来の素晴らしさに驚いている。で、これは素人のお粗末な分析だが、初音ミクブーム、Perfumeブームに共通していると思ったのは、どちらもユーザー側にゲームの主導権があるということ。送り手は素材を提供してる立場に過ぎないのだが、そのへんは心得ていて、高級食材を取りそろえることにきちんと応えているプロの視点がある。その意味で、VOCALOID2に盛り込まれた「萌えテクノロジー」や、中田ヤスタカサウンドメイクにはブレがない。CD本来の「音楽を伝えるメディア」という使命を超えて、真に“音楽ソフト”(「初音ミク」は音作りアミューズメントソフトとして、「Perfume」はPerfumeサクセスストーリーの参加券として)へと昇華されたのが、それぞれの発売されているパッケージの真価なのではと、改めて思った次第。
 先日のイベント戸田誠司氏が、最近の初音ミクブームを捉えて「メーカーが提供する技術に応えるユーザーのレスポンスの速度には、プロのミュージシャンが介入できない」ことの歯がゆさを語っていたのは、ミュージシャン代表としての偽りのない意見だと思う。また、和田アキ子が「初音ミク現象」について怒るのも、ユーザー主体になってプロがないがしろにされることを、あの人なりの野性の勘で本能的に悟って言ってんだろうし(よくは知らないけど……笑)。いや、そういう意味じゃ、メーカーおよびアーティストという「送り手」と「ユーザー」のキャッチボールは極めて効率的に行われていて、その間で右往左往しているのは、むしろ情報誌など中間に立って二次情報でおまんまを食ってきたマスコミなのかもしれない。Perfumeをにわか勉強するために、特集をやっていた『QJ』誌の最新号を買って読んでみたけれど、ニコニコ動画を含む発言の場はすでにネットに移行していて、送り手の代弁者でもファン代表でもない微妙な立場にあるように思えたし(QJ批判ばっかりでゴメンネ……)。ま、そういう意味で、小生が神様の思し召しによって20年ぶりぐらいにイベントに召還されたのも、すでに雑誌などの二次メディアにはダイジェスト機能しかなくて、ドラマの生まれる現場はイベントやライブ、動的なネットにしかないと感じたからかも知れないし。
 うは、また脱線してもうた。つまり、本書に出てくるエピソードの数々の重要性は、レコード収集という行為から「人生の意味」をいかにして導くかという、ユーザーの生き方を解いていると思えるところ。音楽の価値を決めるのは、とどのつまりユーザーの人生観なのだ。現実を悲観してアンハッピーに生きるより、何にでも楽しめる体質を持つことこそが、音楽コレクターの至上の喜びであると。例えば本書でレコスケくんが主張している、「リマスター復刻が出るまで、その音をしばらく聞かずに我慢してから聴く」という、AVの「オナ絶ち」に似たビミョーな感情(笑)。天国のジョージ・ハリスンも自分がオナペット扱いされていることなど、知るよしもないだろうが。
 本氏のマンガが素晴らしいと思うのは、こうしたエピソード集を単なる「あるあるネタ」に止めずに、永遠のロック少年たちを代表して、女のコとの関わりや恋愛感情との軋轢をきちっと描いているところだ。「デートの途中で立ち寄った中古レコード店の店頭で、彼氏が物色中、つまんなそうに待っているカワイコちゃん」なんていう描写は、オタク版『エンタの神様』があったら、即ネタにかけられるぐらいのシャープなあるあるネタだし。以前のエントリ「男がBOXセットに夢中になることに、女性が批判的なのはなぜ?」でもちょろっと触れたが、同じコレクターといっても男女の性差はやっぱりある。そもそも、女性には男性のような腐男子的コレクターになる因子が少ないところに、永遠にわかり合えないドラマがあったりする。悟りの境地で本田透氏みたいに、脳内でヴァーチャルですべてまかなう知恵を付けて、デート代すべてをコレクションにつぎ込むのもいいけれど、ロックを聴く感動を支えている「オトメ心」は、そういうナマぐさい日常をきちんと送っていることで養われるものだから(笑)。
 そういう意味で、本氏の観察眼が最大に発揮されていると思うのが、レコガールの存在だ。このコが可愛い顔して、いちいち発言がブラックなのだ。「おじいさんの葬式でも泣かなかった私が泣いた」(ジェシエド・デイヴィス『ウルル』を聴いて)、「『トゥナイト2』はエロのとき以外はつまんない」なんてことをいけしゃあしゃあと言うんである。レコスケくんらも驚くほどのマニアぶりを発揮して男性コレクター諸氏を呆れさせることもあるくせに、それに乗っかってレコスケくんが夢中で話し出すと、途中で飽きてフツーの女のコみたいに「興味ない」と言い出してみたり(笑)。小生もこれまでつきあってきたのがマニアな彼女ばかりだったので、このへんのビターな味わいには共感するところが多い。いや、この「突然、梯子を外されてしまうかもしれない」ヒヤヒヤ観が、アートの感受性の強いマニアックな女のコとつきあう最大の魅力なのかも知れん。だからこそレコガールが魅力的に映るのだ。大槻ケンヂの『グミ・チョコレート・パイン』のヒロイン・ミカコも、同様な部類に入れてもいいかもしれない(ただし、グミ編限定)。キャメロン・クロウ監督の映画『あの頃ペニー・レインと』も、憧れの年上のきれいなグルーピーのお姉さんと主人公の「わかりあえなさ」をテーマにした映画だったが、ハートのナンシー・ウィルソンなんてべっぴんの奥さんをもらった人生勝ち組キャメロン・クロウであっても、この種の「何考えてるのかわからないロックな女のコ」に憧れる童貞マインドは不滅なのである。
 で、さんざん戯れ言を書いたあげく、なんでこの紹介が「著者仕事紹介」のカテゴリにあるのかを説明しておくと、今回の「コンプリート・エディション」で増補されたエピソードのひとつに、私が少し関わっているのだ。「恐怖のネット・オークションの巻」がそれで、私が発行人を務めた某週刊誌の増刊号用に描き下ろしてもらったものなのである。アナログさくさく派のレコスケくんだって、真のコレクターなら、いまどきeBayやヤフオクは使ってるでしょ、ということで描いていただいた『レコスケくん』インターネット編。いつもの『レコスケくん』とはひと味違う展開に、面白がってもらえる人も多いと思う。
 そもそも、ジョージ・ハリスン命の本氏と畑違いの軟弱趣味の小生に、どんなつながりがあるのかといぶかしく思う人もいるだろう。しかし、実際にお会いすると共通の知人も多く、これまでも都内の中古レコード店で何度もすれ違っているかも知れない運命を感じてしまった。打ち合わせでお会いしたときも、横溝正史映画の音楽とサミュエル・ホイがいかに素晴らしいかについて盛り上がり、同行していたページ担当者の女のコを呆れさせたものだ(笑)。確かに、ジョージやディラン、ウッドストック一派とは距離がある私だが、ジョージ・ハリスン>トラヴェリング・ウィルベリーズ>ジョフ・リン>ELOという流れや、ザ・グッバイベイ・シティ・ローラーズパイロット>バッド・フィンガーといった、4親等ぐらいのしっかりとしたつながりを噛みしめる瞬間があった。いや、それよりもダイレクトに、金田一耕助映像の音楽にこだわりを持つ、おそらく日本で10本の指に入るだろう2人の、運命的な出合いだったと自負している。その後、何度か中古レコード店でパッタリお会いする機会もあった。最後にお会いしたのはゴダイゴが音楽をやった『小さなスーパーマン ガンバロン』のCD復刻が出たときの新宿ディスクユニオンだったので、『レコスケくん』にも登場する牛丼屋の店長、ミッキー吉野が取り持つ縁を感じたものだ。
 「松田聖子のシングルを33回転で聴くと稲垣潤一の声になる」など、そのほかにもトリビアな知識満載の一冊。小生のようにマンガを読まない人にこそオススメである。ぜひ、お求め下され!