メイキング・オブ『file under:ORDINARY MUSIC』アートワークス
- アーティスト: オムニバス,戸田誠司,bargains,microstar,マイクロスター,Marble Fudge,辻睦詞,Marigold Leaf
- 出版社/メーカー: ウ゛ィウ゛ィト゛・サウント゛
- 発売日: 2009/09/23
- メディア: CD
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小生らが本業にしている出版業界は、それこそ週刊誌や単行本になると発売1週間前まで、ゴニョゴニョ誤植を修正したりが日常茶飯事の世界。ところが音楽業界は、時間の流れがチト違う。模範的な進行スケジュールで言うと、発売日から逆算して約2カ月前には、ジャケットが完成していたりする。これは主要媒体である月刊音楽誌が、おおよそ2カ月前倒しで進行することが多いのを配慮したもので、「できるだけ材料が揃った段階でプレスリリースを発行すべし」という慣例があるため。もっとも、発売日直前の変更なんて、どこのギョーカイにも付きものなのだが、amazonなんて一度プレスリリースが間違って掲載されてしまうと、文字にせよ写真にせよ、あとからの修正がなかなか反映されなかったりするし。また、プレスリリース(&注文票)を問屋やショップに流したあとに、各店から帰ってきた希望注文数のトータル枚数を見て、×何パーセントという感じで、イニシャル(初回枚数)が決まっていく。そのためには、できるだけ第一報の時点で情報を詰め込んで、「いかにも売れそう」という演出をしなければならない。第一報で「売れない」と思われてしまったら、発売日にお義理で1枚入荷してもらっても、すぐに棚差しに回されて、リリースされたことすら世間に知らされずに返品されてしまうから。今回のプロジェクトも実は、マスコミ向けに配布されている資料も含めれば、すでに半年近く前から作業は始まっていたのである。
ハンマー・レーベルのプロデューサー森達彦氏は、本ブログでも再三紹介しているように、ワタシがもっとも心酔するシンセサイザー・プログラマー&エンジニアのひとり。最初にお会いしたのは『Techii』編集者時代だから、ワタシがまだ10代の初々しいころの話で、のっけから病人続出だったムーンライダーズ『ドント・トラスト・オーバー・サーティー』のレコーディング取材であった。たまたま昨年、当ブログでワタシが勝手に書いていた森氏へのラブレターをご本人が知ることとなり、20年ぶりに再会。それがご縁で、今回コンピに参加している戸田誠司師匠との仲人を務めるなど、すでに間接的にお手伝いをしていたのである。
その後、当ブログをコラム主体の前身「POP2*0」から、「POP2*5」というコミック主体のものに大改訂したのが今年に入ってすぐのこと。描いた絵を人に見せたことなど20年近くほどんどなかったので、友人ら皆を呆れさせたのだが(ワッハッハ)、リニューアルしてすぐのころに、それを見て面白がった森プロデューサーから、「ジャケットやってみなはれ」という、とんでもない依頼がもたらされたのだ。雑誌不況の折、活字のライター稼業に不毛を感じていたワタシが、この甘い誘いに心を動かされぬはずはない。むろん、ジャケット・デザインなどやった経験はナッシング。しかしながら、ワタシの古い友人である常盤響氏や山本ムーグ氏(バッファロー・ド−ター)が、特にデザインのレッスンを受けずに、ジャケット・デザイナーとしてブレイクしたのを知っている。常盤氏なんて、サザンオールスターズのジャケットまでやってる大物だし。いっしょにDJイベントをやっていた山本ムーグ氏は、かねてから「毎日中古レコード店でサクサクやってれば、いいジャケット・デザインをたくさん見ることで、デザインの素養は鍛えられる」と主張していたし。そんなわけで、ウチの書庫にあったジャケット写真集などをパラパラ見ながら、生涯一度かもしれないこの機会を逃してはならぬと、お引き受けした次第なのだ。ぶっちゃけ、マッキントッシュのデザイン・ソフトがなかったら、完成までこぎ着けることはなかっただろう。
表ジャケットから内面まで、いくつかのプロセスに分かれて作業は進められたが、ここでは時間軸に沿って、各パートごとの作業工程を紹介していこう。
【プレスリリース用キーアート】
ジャケット・デザインに取りかかる遙か前に、問屋やショップ、マスコミに配布するプレスリリース(速報)を作ることになり、映画の予告編みたいに、本編で使われないような物々しげなイラストを載っけたいというオーダーを森氏からいただいて、さっそく描いてみたのがこれ。
この時点で揃っていたのは、タイトルと約2/3の音素材。この後、ワタシを悩ませることになる「ジャケットは特に指定なし」という条件が突きつけられ、このときは安直にも「ハンマーのコンピなので」と、わかりやすくこういう絵で表現してみた。モノクロで着色したら、まるで『どろろと百鬼丸』の一揆のシーンみたい(笑)。すでに配布済みなので、マスコミ関係の方はこちらのほうをご覧になられたと思われる。
【レーベル新ロゴ(未使用)】
ハンマー・レーベルには、デペッシュ・モード『コンストラクション・タイム・アゲイン』のジャケットを参考にした、ワタシも大好きなおなじみのロゴがある。実は当初、新生ハンマーを立ち上げるにあたり、ロゴ・デザインも一新したいというリクエストがあって、ワタシなりに格闘してみたのがこのスケッチ類。通常、イラストとデザインとロゴ・デザインは別々の人がやったりするものなのだが、欲張ってはいけませんね(笑)。諸々作業してみた結果、ワタシにはロゴ・デザインの才能はないことがわかり、森プロデューサーにお願いして、オリジナルのハンマー・ロゴを復活させることで、一件落着。
あれこれ格闘してみた、ロゴ・デザインのスケッチ。本編の音が爽やかで優しいことから、デザインの路線はあえて、ギャップのあるドギツイものにしようという二者間の了解事項があって、髑髏やらヒッチコック・マーダー風やら、いろいろ図案化してみた。たぶん、ミヒャエル・ハネケ『ファニー・ゲームU.S.A.』の影響も入ってたりするんだろうな(笑)。
思案した中から、一つ飛び抜けて気に入って気に入っていたのを提出。これは「ハンマー」にひっかけて、金槌鮫(ハンマーヘッドシャーク)を可愛いイラストで図案化したもの。仮OKをいただいたが、「うーん」とワタシが迷い始めて、作り直しをさせてもらう。
やはりオリジナルのハンマー・ロゴのインパクトは超えられず、それならいっそ、オリジナルを改ざんする方向でどうかと思って作ってみたもの。オリジナルが『コンストラクション・タイム・アゲイン』の表ジャケをヒントにしたものなので、こちらは裏ジャケットの黄昏の風景をモチーフにしてみた。これもOKをいただいたものの、ワタシのほうで悩んでしまい、結果、オリジナル・ロゴを復活させることで決着。いやー、ロゴ・デザイン難しいっす。
【ジャケット】
ジャケットのヒントとなるのは、参加メンバーのクレジットと2/3の仮ミックス音素材のみ。「特にデザイン・テーマはなし」ということだし、アルバム・タイトルも“普通の音楽”であるからして、いきなり悩んでしまう。写真を使ったジャケットなら、コンテムポラリー・プロダクション風のとかいろいろ思い付くのだが、「ワタシのイラストを使う」という大前提で考えると難しいのな。あと、ブルー・ノートのパロディとかも一瞬考えたが、今の時代にはアウトだろうと自ら却下し、「オリジナル」で行こうと決意。レッド・ツェッペリン『狂熱のライブ』のポスターとか、オレンジ・レンジの武道館公演のDVDとか、イラストを使った良作ジャケットを眺めながら、元々好きだったベルギーのマンガ家、エヴァ・メウレンの路線で行くことを思い付く。
これはエヴァが手掛けたテレックスのジャケットなどの影響を受けて、アメリカの政治コミックや、公民の教科書でおなじみ明治の風刺画家、ジョルジュ・ビゴー風の絵で考えてみたスケッチ。「とにかくインパクトのあるもの」ということで発想してみて、左のイラストを気に入っていただく。森氏いわく「10cc『びっくり電話』みたい」。
こっちは並行して進めていた、裏ジャケット候補案のスケッチ。裏ジャケットってのが、これまた難しいんだよね。結局。表ジャケットの関連性を考えて、このとき書き連ねたスケッチはほとんど自分で却下してしまう。
一度は賛同いただいたピーピング・トム風を自ら却下し、別のアイデアを思い付いて、プロデューサーに提出するためにラフに色づけをしたもの。ネタはロバート・オルドリッチ監督の『キッスで殺せ』。「箱の中身は放射性物質」という、トンデモ映画でやんす。
いろいろ試行錯誤した結果、『クローバー・フィールド』や『エヴァンゲリオン』や樋口真嗣版『平成ガメラ』のインパクトに倣って、巨大怪獣モノで描いてみた。「なぜ怪獣?」という問いは、ぜひ音を聴いてから謎解きしてみてほしい。プロデューサーからOKをいただいて一安心したのもつかの間、締め切りが直前に近づいていて、こっから先は一気に作業を進めることとなる。
これが完成版で使ったイラストの、一歩手前のもの。上が表ジャケットの正式版、下が中ジャケットで使っている群衆イラストの、それぞれの線画。こうして、完成版が期日までにできあがり、無事入稿を済ませることができたのだ。今はなんとか完成して一安心。
(追記)
上でも紹介しているハンマー・レーベルの森達彦プロデューサーによるオフィシャル・ブログが本日更新。7月初旬の第二弾コンピ制作お披露目に続いて、参加メンバーにまつわるエピソードが語られている。実はこのブログ、70年代のレオ・ミュージック時代からの、日本のロック、ポップスの制作現場の知られざる人との出会いについて語られている貴重なもので、以前からワタシも更新を楽しみにしていた一人。知らなかった方々は、ぜひこの機会に遡って過去ログを堪能していただきたい。