POP2*5

過去にはてなダイヤリーで連載してた連載コラムのアーカイヴです。

崔洋一監督『犬、走る DOG RACE』(東映ビデオ)


犬、走る DOG RACE [DVD]
 久々の更新になってしまい、すみませぬ。読まねばならぬ資料と格闘するために、このところ土日はずっと図書館とファミレスで読書三昧。集中力だけは誰にも負けない小生であるからして、いつもは一つの店に10時間でも平気で安穏としていられるのが強みだが、読み切れない資料がまだまだ堆く積まれていて少々げんなり気分。気分転換にとお店を出て、DVDでもまとめ買いして溜飲を下げようと、今日は新宿の紀伊國屋に足を伸ばしてみた。ここは最近、夜9時まで営業をやるようになって、本当にありがたい。売れる売れないにかかわらず、現行タイトルの在庫をきちんと並べていてくれる紀伊國屋のDVDショップの健全な営業姿勢も評価したい。紀伊國屋と言えばファスビンダー・ボックスだって、Vol.1、Vol.2を出た日に買っている模範客の私だ。実は、今日お店に行ったのも、昨年末に回収騒動になった同じく紀伊國屋レーベルのキェシロフスキ監督『ふたりのベロニカ』(ステレオ音声作品なのになぜかモノーラル音声でプレスされ、即店頭回収に)のオーダーしていた再プレス分の連絡がないので、その様子の確認の用事もあったのだが、こっちはまだ未着とのことであった。年末観るつもりで楽しみにしていた私はまたもがっかり。それで、ミック・エンターテインメントの吹き替え入りのパブリック・ドメイン作品のカタログ(これはいいよ〜。どれもオススメ)など、いくつかついでの買い物を済ませてレジに行ったのだが、その時、邦画コーナーに意外な作品がDVDになって並んでいたのを発見したのだ。崔洋一監督の『犬、走る DOG RACE』である。
 私ごときの買い物話など、誰が喜ぶかというわけで、おしゃれでもなんでもない私趣味など開陳したくもないのだが、あまりに不憫な扱いを受けているものは、こうして紹介して多くの方に見ていただくのも悪くないだろう。『犬、走る DOG RACE』は、崔洋一が撮ったヘヴィーな一作『マークスの山』が話題になった後、長い沈黙期間を経て、なぜか小規模公開され話題にもならなかった作品。岸谷五朗主演のアナーキーな刑事モノで、韓国ヤクザとのやりとりをコミカルに描写した本作は、『月はどっちに出ている』以来の鄭義信との一連の共同脚本作品である。だが、北野武黒沢清作品の暴力描写に比肩するような精液臭と血なまぐさい展開は、近作『血と骨』に連なるものといったほうがニュアンスは近いか。製作はいつもの盟友、シネカノン李鳳宇ではなく、邦画好きなら日活撮影所所長や東映セントラルの社長としておなじみの黒澤満。というのも、本作は一部の松田優作ファンならご存じ、『松田優作+丸山昇一 未発表シナリオ集』に収録されている短編「ドッグ・レース」の映画化なのである。
 小生がこの映画を観たのは、実は当時働いていた週刊誌で企画した松田優作特集の取材の時。『SMAP×SMAP』でキムタクが優作の物真似をしたり、時計やコーヒーのCMに『フォレスト・ガンプ』よろしく、CG合成の工藤ちゃんが登場するなど、優作リバイバルで盛り上がっていた98年の作品である。「銀幕で工藤ちゃんが観たい」というファンのアンコールに応えて、この年に2話の『探偵物語』のテレビ版のエピソードに竹中直人のナレーションを加えた16ミリのブローアップ版が公開されており、優作映画ネタはもっぱらそちらに話題が集中。同時期公開の本作の「あの松田優作が映画化する予定だった」というキャッチフレーズは、本人主演作品の銀幕上映の話題にかき消されてしまった。
 崔監督作品は好きでずっと観ていた私なので、その流れで試写会にも行ったのだが、マスコミの姿もないガラガラ状態。当初から暗雲が立ちこめていた感じであった。だが、映画本編は冒頭から、期待を裏切る暴力とギャグの応酬で、始まって10数分で私はすっかり本作の虜に。たけしの『その男、凶暴につき』の元ネタとも言われている『L.A.大捜査線/狼たちの街』や、同じウィリアム・フリードキン監督『フレンチ・コネクション』などの、冗談すれすれの暴力ものにめっぽう弱い私なのだ。大杉漣遠藤憲一など、ヤクザ映画の常連もみなギャグメーカーぶりを発揮。ジャームッシュみたいな「言葉の壁」をネタにしたエスニック・ギャグもあって、ちょっとドリフのコントみたいで笑える。私がもっとも関心したのは、女優・浜木綿子の優等生息子という認知しかなかった香川照之の、岸谷にけっしてひけを取らないアブナイ存在感である。一昨年『花よりもなほ』などでの活躍で、『キネマ旬報』誌の年間助演男優賞かなにかを取っていたけれど、この作品あたりが演技開眼の契機になったんじゃなかろか。して本作、優作ファンに話題にされなかったのはちゃんと理由がある。丸山昇一作「ドッグ・レース」の脚本の大がかりの改ざんぶりである。だって元々の脚本は韓国ヤクザとはまったく関係ないわけで、オリジナル脚本の原型をとどめていない、ほとんど鄭義信×崔洋一オリジナル作品の様相なのだ(丸山は原案としてクレジット)。
 ともあれ、理屈抜きで雰囲気を味わうべきこの手の作品は、いちいち細かくストーリーを解説してもしょうがない。ちょっとでも関心を持ってもらえたら、ぜひレンタルででも確認していただきたい。小生はレンタル版のVHSをわざわざセコハン屋で探して買ったぐらい好きな作品である(セル版は出てないのだ)。ついでに書くとサントラCDも持っていて、音楽は鈴木茂だ。はっぴいえんど、ティン・パン・アレイ支持派からはぞんざいな扱いをされている、80年代の『SEI DO YA』でファンになったこともあり、この時期以降の打ち込みを使ったライトな路線もまた格別と、密かに愛する私。『SEI DO YA』なんか、あまり知られてないけど、ミックスはスティーリー・ダンロジャー・ニコルスなのだよ。拙者が選曲した『イエローマジック歌謡曲』の冒頭曲、マナ「イエロー・マジック・カーニヴァル」のサウンド・プロダクションとほぼ同じなので、あれが気に入った人なら、初期YMOのテクノ・フュージョンも多分に意識したと思われる「ちょっとデジタルも取り入れてみました」的な鈴木茂のサイバーAORをぜひ堪能あれ(コ・プロデュースは、こちらも拙者が選曲した『テクノマジック歌謡曲』の冒頭曲、アパッチ「宇宙人ワナワナ」の矢野誠!)。ついでにスタッフの方が見ておられたら、『SEI DO YA』の終幕の溝に入っている「明日に向って振り返れ」のフル・ヴァージョンである、「BEING'70s/Holly Land」(なぜか5年もしてから東芝EMIからマキシ・シングルでリリース)を早くCD化してくだされ。
 VHS時代にも出たことがなかった『犬、走る DOG RACE』のセル商品化は、私に大いなる希望を持たせるものであった。というのも、当初から名作のアーカイヴ化に熱心だった、松竹、東宝大映、日活などに較べ、東映はかなりの遅れを取っているのだ。すでに各社とも、HD DVDやBD化などの次世代メディアを視野にいれた過去作品のリマスター化が何巡目かに入っているというのに、私が青年期に感銘を受けた80年代の東映作品で、いまだDVD化されてないものが実に多い。例えば、昨年末の『犬神家の一族』の再映画化に便乗した、各社の横溝原作映画のDVD化ブームの中にあっても、西田敏行金田一を演じる唯一の東映作品『悪魔が来りて笛を吹く』のみがDVD化される気配すらない(梅宮辰夫がいかにも東映作品風の登場の仕方で妙味あり)。amazonを検索してみても、サントラ盤しか引っかからない力の抜けようである(ちなみに音楽は元ミカ・バンドの今井裕。拙著『電子音楽 in the (lost) world』でも書いたが、このサントラってサウンドの志向性がYMOのファーストと似てると思うのだが、いかがなものか……)。あと、角川映画の中でも『戦国自衛隊』と並ぶ私のマスター・ピースと呼んでいる『白昼の死角』もまた、DVDはおろか、VHS、レーザーディスクでもセル・リリースされたことがない。最近、角川ヘラルドに社名変更して、憎っくき実兄の春樹作品までDVD化している角川であるが、なぜ『白昼の死角』を出さないかというと、実はこの映画は純然たる東映作品らしく、角川は販売権を持っていないという話だそうだ。まさかの『犬、走る DOG RACE』のリリースの報は、「東映が未DVD化のカタログにやっと目を向け始めた予兆なのでは?」と大いに期待する私であった。
 『白昼の死角』関連で少々余談を。そういえば、一昨年『週刊新潮』に再映画化のニュースが載ったのを読んだのだけど、あれは企画が立ち消えになっちゃったのかな。例のライブドア事件があったころで、いくつかの雑誌がその一連の騒動を、昭和の事件史に名高い「光クラブ事件」と比較していたのを憶えている人もいるだろう。元マクドナルド会長の藤田田を始めとする東大OBのアンファン・テリブルらが、日本の法制度の盲点をついて金融界を波乱に陥れたというエピソードは、ライブドア騒動が事件化する前から類似点を指摘されていた。企画はホリエモンのタイーホ以前だったはずだから、おそらく「ライブドア騒動を映画化したい」という商魂たくましい映画界が、ライブドア騒動の行く末が見えてくる前に、「光クラブ事件」をモデルにしたことで有名な『白昼の死角』を「これが昭和のライブドア事件だ!」とかなんとか銘打って再映画化して儲けようという腹だったんじゃないのかな? そのニュースに大いに期待した私だが、もちろん気がかりなのは再映画化の件よりも、それに便乗して出されるだろう旧作のDVD化のことであった(ついでに、渡瀬恒彦のテレビ版も!)。でも、ライブドア事件……って、もう誰も憶えてなかったりして(笑)。『白昼の死角』を東映がDVD化するのも、てことは当分先になりそうだなあ。