POP2*5

過去にはてなダイヤリーで連載してた連載コラムのアーカイヴです。

清水信之『エニシング・ゴーズ』(ブリッジ)8月20日発売

ANYTHING GOES(紙ジャケット仕様)

ANYTHING GOES(紙ジャケット仕様)

 先々月、復刻に関わらせていただいたTAO『FAR EAST』の初CD化は、思わぬ好セールスを記録することとなった。ありがたや。不況の折、大手CDチェーン店がメジャー新作以外の入荷を控える傾向があって、予約当初は苦戦したが、「店に置いてない」という声が聞かれるなどの逆風の中で、amazonを中心にネット販売店では発売早々に品切れ続出。直前にリリースされた、後身バンドEUROXが主題歌を歌った『機甲界ガリアン』のディスクユニオンからの復刻が、2枚ともオリコンチャートの左側(50位内)に入るヒットとなった余波効果もあったのだろう。ワーナー・ミュージック原盤の復刻を手掛けるのは初めてだった、発売元のブリッジにも喜んでいただいて大満足。さっそく同社の他のカタログから何か復刻すべきものはないかとの話をいただいて、第2弾として手掛けることとなったのが、清水信之のセカンド・アルバム『エニシング・ゴーズ』の紙ジャケ復刻である。これもTPO、TAOに続き、20余年ぶりの初のCD化となる。
 大貫妙子EPO飯島真理サウンド・プロデューサーとして80年代中期の傑作を手掛けてきた清水信之氏は、YMOの一世代下に当たる、テクノポップサウンド普及の立役者。プロフィット5の使い手として知られ、その嚆矢というべき高見知佳「くちびるヌード」(拙者選曲のVA『テクノマジック歌謡曲』に収録)の編曲は、「東風」「中国女」を思わせるチャイニーズ・エレガンスな作風が、初期YMOの継承者のような印象を抱かせるものだった。鍵盤のみならず、ギター、ベース、ドラムスなんでもござれのマルチ・プレイヤーで、トッド・ラングレンのような多重録音でサウンドを構築するスタイルから「1人でYMOのようなサウンドを作る男」の異名を取ったことも。
 シンセストとしてのデビューは、ディスコヒットとして知られるスピニッヂ・パワー「ポパイ・ザ・セーラーマン」ビーイング創設者の長戸大幸がプロデュースした、若き日の笹路正徳鷺巣詩郎氷室京介(BOφWY)などが名を連ねたこの覆面プロジェクトに、当時19歳の最年少メンバーとして参加していた。その才能を見抜いた長戸プロデューサーの要請で、早くも初のソロ『コーナー・トップ』を79年発表。和製ボブ・ジェームスフュージョンサウンドを披露して、後の編曲家仕事進出への布石を作った。
 テクノポップ系リスナーの認知を得たのは、YMOがバッキングを務めた加藤和彦『うたかたのオペラ』、『ベル・エキセントリック』、大貫妙子『ロマンティーク』、『アヴァンチュール』への参加だろう。アルバム半々に分け、YMOが制作したもう一方のサイドを担当。シンセ・アレンジの健闘ぶりは見事なもので、その後の加藤和彦プロデュース作品および、大貫妙子のレコーディングに欠かせない存在になった。82年にリリースされたソロアルバム第2弾となる本作『エニシング・ゴーズ』は、名盤の誉れ高き『ベル・エキセントリック』、『アヴァンチュール』の制作時期にレコーディングされたもの。当時、清水信之の存在に注目していたリスナーも多く、小生など予約して発売日に買ったほどだ。
 前作でディーヴォのパロディなどに一部参加していたプログラマー松武秀樹がここではフルに関わり、前出の参加作品のような濃厚なシンセ・ダビングを展開。欧州風オーケストレーションが施されたコンピュータ・サウンドは、ラジ『キャトル』、高橋幸宏サラヴァ!』のころの坂本龍一編曲が好きなリスナーなら、心をわしづかみにされるだろう。初期YMOのようにインスト主体で構成されたアルバムだが、竹内まりやツアーの開幕曲だった「HOW ABOUT A LITTLE PRELUDE?」や、大貫妙子がコーラス参加した「ELENE」など、ポップス愛好家にも聞き所は多い。「マンハッタン・トランスファー『エクステンションズ』を日本風にやってみた」という、荒川児童合奏団に歌わせたコーラス曲「COSMIC LULLABY」などは、AKB48「桜の栞」の先駆けみたい(笑)。サンディー「ジミー・マック」高橋幸宏「ストップ・イン・ザ・ネーム・オブ・ラヴ」など、モータウンのテクノ編曲カヴァーには傑作曲が多いが、本作にもホランド=ドジャー=ホランドが書いたシュープリームス「I'LL TURN TO STONE」を収録。今剛と大村憲司という珍しい組み合わせのツインリードで、パラシュートファンあたりにグッとくる曲調に仕上がっている。
 プロデューサー・クレジットに載っている“トーマス・シンプソン”の正体は、当時、清水氏のマネジャーだった小川英則氏こと、現・コーザ・ノストラ桜井鉄太郎。本作で多重録音の面白さに味をしめて、裏方を辞めてアーティストに鞍替えしたという痛快なエピソードもある。拙著『電子音楽 in JAPAN』で一度、清水氏にはかなりディープなインタビューをさせていただいたことがあるものの、今回は初CD化に際し、改めてインタビューを敢行。またまた規定枚数の4倍という、掟破りな文量のライナーノーツを掲載しておりまする(笑)。80年代のYMOと90年代の小室哲哉ワークスを繋ぐ、清水信之が果たした役割を検証する貴重な話ももりだくさん。今回も全国レコード店に普通に入荷されるか怪しいので、ぜひショップで予約して、一人でも多くの方に聞いてもらえるとありがたい。


参考までに、80年代テクノ歌謡史を彩る清水信之ワークスの中から、特に人気の高いEPOとの共作をYouTubeから紹介しておく。

高見知佳「くちびるヌード」



香坂みゆき「ニュアンスしましょ」



島田奈美「内気なキューピッド」