清水信之『エニシング・ゴーズ』(ブリッジ)8月20日発売
- アーティスト: 清水信之
- 出版社/メーカー: Independent Label Council Japan(IND/DAS)(M)
- 発売日: 2010/08/20
- メディア: CD
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大貫妙子、EPO、飯島真理のサウンド・プロデューサーとして80年代中期の傑作を手掛けてきた清水信之氏は、YMOの一世代下に当たる、テクノポップ・サウンド普及の立役者。プロフィット5の使い手として知られ、その嚆矢というべき高見知佳「くちびるヌード」(拙者選曲のVA『テクノマジック歌謡曲』に収録)の編曲は、「東風」「中国女」を思わせるチャイニーズ・エレガンスな作風が、初期YMOの継承者のような印象を抱かせるものだった。鍵盤のみならず、ギター、ベース、ドラムスなんでもござれのマルチ・プレイヤーで、トッド・ラングレンのような多重録音でサウンドを構築するスタイルから「1人でYMOのようなサウンドを作る男」の異名を取ったことも。
シンセストとしてのデビューは、ディスコヒットとして知られるスピニッヂ・パワー「ポパイ・ザ・セーラーマン」。ビーイング創設者の長戸大幸がプロデュースした、若き日の笹路正徳、鷺巣詩郎、氷室京介(BOφWY)などが名を連ねたこの覆面プロジェクトに、当時19歳の最年少メンバーとして参加していた。その才能を見抜いた長戸プロデューサーの要請で、早くも初のソロ『コーナー・トップ』を79年発表。和製ボブ・ジェームス的フュージョン・サウンドを披露して、後の編曲家仕事進出への布石を作った。
テクノポップ系リスナーの認知を得たのは、YMOがバッキングを務めた加藤和彦『うたかたのオペラ』、『ベル・エキセントリック』、大貫妙子『ロマンティーク』、『アヴァンチュール』への参加だろう。アルバム半々に分け、YMOが制作したもう一方のサイドを担当。シンセ・アレンジの健闘ぶりは見事なもので、その後の加藤和彦プロデュース作品および、大貫妙子のレコーディングに欠かせない存在になった。82年にリリースされたソロアルバム第2弾となる本作『エニシング・ゴーズ』は、名盤の誉れ高き『ベル・エキセントリック』、『アヴァンチュール』の制作時期にレコーディングされたもの。当時、清水信之の存在に注目していたリスナーも多く、小生など予約して発売日に買ったほどだ。
前作でディーヴォのパロディなどに一部参加していたプログラマー、松武秀樹がここではフルに関わり、前出の参加作品のような濃厚なシンセ・ダビングを展開。欧州風オーケストレーションが施されたコンピュータ・サウンドは、ラジ『キャトル』、高橋幸宏『サラヴァ!』のころの坂本龍一編曲が好きなリスナーなら、心をわしづかみにされるだろう。初期YMOのようにインスト主体で構成されたアルバムだが、竹内まりやツアーの開幕曲だった「HOW ABOUT A LITTLE PRELUDE?」や、大貫妙子がコーラス参加した「ELENE」など、ポップス愛好家にも聞き所は多い。「マンハッタン・トランスファー『エクステンションズ』を日本風にやってみた」という、荒川児童合奏団に歌わせたコーラス曲「COSMIC LULLABY」などは、AKB48「桜の栞」の先駆けみたい(笑)。サンディー「ジミー・マック」、高橋幸宏「ストップ・イン・ザ・ネーム・オブ・ラヴ」など、モータウンのテクノ編曲カヴァーには傑作曲が多いが、本作にもホランド=ドジャー=ホランドが書いたシュープリームス「I'LL TURN TO STONE」を収録。今剛と大村憲司という珍しい組み合わせのツインリードで、パラシュートファンあたりにグッとくる曲調に仕上がっている。
プロデューサー・クレジットに載っている“トーマス・シンプソン”の正体は、当時、清水氏のマネジャーだった小川英則氏こと、現・コーザ・ノストラの桜井鉄太郎。本作で多重録音の面白さに味をしめて、裏方を辞めてアーティストに鞍替えしたという痛快なエピソードもある。拙著『電子音楽 in JAPAN』で一度、清水氏にはかなりディープなインタビューをさせていただいたことがあるものの、今回は初CD化に際し、改めてインタビューを敢行。またまた規定枚数の4倍という、掟破りな文量のライナーノーツを掲載しておりまする(笑)。80年代のYMOと90年代の小室哲哉ワークスを繋ぐ、清水信之が果たした役割を検証する貴重な話ももりだくさん。今回も全国レコード店に普通に入荷されるか怪しいので、ぜひショップで予約して、一人でも多くの方に聞いてもらえるとありがたい。
参考までに、80年代テクノ歌謡史を彩る清水信之ワークスの中から、特に人気の高いEPOとの共作をYouTubeから紹介しておく。
高見知佳「くちびるヌード」
香坂みゆき「ニュアンスしましょ」
島田奈美「内気なキューピッド」