POP2*5

過去にはてなダイヤリーで連載してた連載コラムのアーカイヴです。

スティーヴ・ミラー・バンド『鷹の爪』

FLY LIKE AN EAGLE: 30TH ANNIVERSARY

FLY LIKE AN EAGLE: 30TH ANNIVERSARY

 最近の我が家のパワープレイ・ディスクと言えばこれ。76年リリースの、スティーヴ・ミラー・バンド出世作『鷹の爪』である。なぜに私がアメリカン・ロックの典型と言われるこのバンドのレコードを勧めているのか? 実はこのアルバム、昔中学生時代ぐらいのころ、近所のレコード屋の店員さんに「シンセの入ったお薦めレコードあったら教えて」と聞いたら必ず名前が挙がっていた、70年代のスペイシー・ロックの名盤なのだ。以前のエントリーでも書いた通り、シンセサイザーといえばクラフトワークディーヴォを挙げる主流派に対して、あまり語られないエアプレイら西海岸派を推してしまう判官贔屓の私。キャメル『リモート・ロマンス』、チューブス『リモート・コントロール』、ランディー・ヴァンウォーマー『テラフォーム』などなど、時代遅れだったプログレ・バンドやアメリカン・ロックのバンドが、ニュー・ウェーヴが台頭する70年代末期の模索期に出した、「とりあえずシンセ使ってみました」的な手探りなプレテクノ作品を、私はこよなく愛しているのだ。今ではテクノポップの名盤として必ず上がるバグルズだって、『プラスチックの中の未来』はどう考えても亜流プログレでしょう。
 スティーヴ・ミラー・バンドのこのアルバムは、しかも謎のアルバムとして私の脳裏に刻まれている。アメリカン・ロックなのに、なぜにこんなにブヒブヒとシンセが鳴っているのか? 私の中の分類では、ゴドレイ&クレーム『ギズモ・ファンタジア』と同じ脳の引き出しの中に入れられている一枚だ。じわじわ〜と気持ちいいシンセのシーケンスに、スライド・ギターのエコーの調べ。「スペース・イントロ」なんてまんまクラフトワーク人間解体』なのだが、ここにボトルネック・ギターが入ってきて、THE KLFCHILL OUT』みたいな音響風景が立ち上がる。例えば『ギズモ・ファンタジア』は、クレイジーなディズニーの同名の実験作品から邦題をいただいているように、ギズモという新楽器を使っているふれこみ以外は、実際どうやって録音されているのかわからない箇所が多い。この『鷹の爪』も、ゴドクレの『ギズモ・ファンタジア』『フリーズ・フレーム』、トーマス・ドルビー『地平球』、ニュー・ミュージック『ワープ』などと同様に、エクイップメントの使用方法などが聴いていて見当付かない部分も多い。そんなルーツの見えない突然変異的なアルバムとの出合いというのに、私はテクノポップの世界の旅することの神髄を感じてきたのだ。
 実は『鷹の爪』は、初CD化というわけではない。ただ今回は新リマスター仕様の上に、今流行のDVD付きという2枚組のデラックス・エディションなのだ。DVDのメインは05年のライヴの2時間をまるまる収録していることだが、併録されている本作ができあがるまでのメイキング・ドキュメンタリーがまた素晴らしい。スティーヴ・ミラーの実父は戦前からワイヤー・レコーダーを研究していたエンジニアで、米国のテープ・レコーダー第一号「サウンド・ミラー」の設計者(『電子音楽 in JAPAN』参照)。父が名匠レス・ポールに頼まれてマルチ・トラック・レコーダーの研究を手掛けていた縁で、レスが息子のスティーヴにギターを手ほどきした件はファンの間でもよく知られている。このドキュメンタリーが撮影されたのが、スティーヴ・ミラーの創作工房のようなところで、ヴィンテージ・ギターからコード配線だらけのエレクトロニクス装置群に、ハンダゴテや簡易的なレコーディング装置が並べられているスペース。“多重録音の父”として知られる機械好きのレス・ポールの伝統やエンジニアの父の血統が、彼のガレージに息づいているのを映像で再確認できる。ここでのプリプロ作業から、かの『鷹の爪』が誕生したと考えると合点がいく。スティーヴ・ミラー・バンドの表面的なイメージだけではわからない、マニファクチャリングな側面をが伺える貴重な映像なのだ。それとやっぱりと思った、ピンク・フロイド狂気』の影響。こうしたドキュメンタリーで改めて紹介されないと、アメリカでのピンク・フロイドの影響って本当に見えないのだ。「フライ・ライク・アン・イーグル」「ブルー・オデッセイ」で聴けるシークエンスは、まぎれもない『狂気』へのアメリカからの返答であったと実感する。
 ところで、本作も含む、DVD付きの復刻CDは最近海外ではブームらしい。プライマスなんて、全PV入りDVD付きでレギュラー価格という大盤振る舞いだったし、メデスキー・マーティン&ウッドのブルーノートからのベストデペッシュ・モードニュー・ライフ』の新復刻盤など、いずれも本格的なインタビューを満載したドキュメンタリーが収録されている。これがまたよくできていて、単独盤としてDVD化されても不思議じゃない出来。ナウ・オン・メディアが出してる粗製濫造な即席ドキュメンタリーなんかより、よっぽどしっかり作られていて関心する。デペッシュ・モードのドキュメンタリーでは、初めて動く映像を見たダニエル・ミラーがシリコン・ティーンズの話なども披露しているし、バンドとミュートが契約した時、売り上げ50%払うなんていう破格の条件でスカウトされた格好のエピソードも。ファド・ガジェットなど周辺グループの証言もあって、ちょっとしたミュートのドキュメンタリーになっている。インディーでありながら英国のチャートに登っていくサクセス・ストーリーは、ファクトリーの興亡を描いた『24アワー・パーティー・ピープル』もかくやという充実ぶりなのだ。クレジットは「ミュート・フィルム制作」となっていて、今回の『ニュー・ライフ』編(結成から、ヴィンス・クラーク脱退で終わる)以降も、ドキュメンタリーは続くみたいだから、『ブロークン・フレーム』以降の続編も楽しみ。以前も書いた通り、ファクトリーやミュートなどのインディーレーベルは、全盛期のころでも、金のかかる映像作品のみ日本コロムビアや米サイアーとのジョイント・ベンチャーとして商品を出しており、メジャー流通という形態が取られていた。「ミュート・フィルム」の今後が気になるが、こういう身近なスタッフの監督による、痒いところに手が届くドキュメンタリーが作れるようになったのって、シンセ機材並みにビデオや編集機が身近になったということなのだろう。
 しかし、これらのDVD付き復刻CDって、なぜか決まって日本盤がでないのが不思議。ティアーズ・フォー・フィアーズの再結成ツアーのCD+DVD『Secret World』も、当初アナウンスされていた日本盤リリースはお流れになった。さらに酷いのは、スローン『ベスト・シングルス:1992〜2005』やディーヴォの80年ライヴの復刻みたいに、輸入盤ではCDのオマケ扱いのDVDが、日本だけCDとDVDでそれぞれ単独商品化されている現状である。ただでさえ単価が高いのに、×2倍払えって話だもの。
 先日リリースされて反響を読んだ、トーキング・ヘッズビョークのBOXも、ソニーが考案したCDとDVDを両面に貼り合わせたスペシャル・ディスク仕様。すべてのアルバムのもう片面のDVD-AUDIOサイドに、全曲の5.1chサラウンド・ミックスやPVが入っているという大盤振る舞いなのだ。だが、音楽評論家の小野島大氏が書かれていたように、このスプリットCD/DVDってのが少々曲者で、再生機によってはまったく認識しなくてけっこう苦労もの。品質管理にシビアな日本だから、それで日本仕様盤が出ないんじゃないかという説明もまんざら外れてはいないだろう。
 実を言うと、これらDVD付きCDが日本ででないのには理由がある。DVDをオマケに付けたCDは、通常の「再販価格維持商品」に認定されないのだ。「CDがメインでDVDがオマケ」と主張しても、公正取引委員会的には、どう見てもDVDのバリューがCDに勝っているように見えてしまう。以前のエントリーで紹介したように、CDは再販商品だが、DVDは買い取り商品なので、この2つを組み合わせると、買い取り商品(返品不可。ディスカウントあり)として流通に乗せられてしまうのだ。そうした混乱は、他の再販商品の秩序に影響を及ぼすということで、日本ではDVD付きCDは、出さないか、もしくは別々の商品としてリリース(CDは再販商品、DVDは買い取り)されることが多いんだとか。CCCDが批判に曝されていたころ、日本コロムビアが提唱していたDVD-MUSIC(DVD-AUDIOと違い、通常のPS2などのDVDプレイヤーで再生できる「絵の出ない」DVD)がとりあえず堅牢性のある代替ディスクとして注目されたことがあったが、あれが普及しなかった理由も、DVD-MUISCが映像のDVDと同じ買い取り商品として扱われてしまうことが、最大の問題だったという説がある(CDとDVD-AUDIOSACDは再販価格維持商品なのだ)。
 だが、鈴木茂BAND WAGON -Perfect Edition-』や、アイドルの12cmシングルCDなど、DVD付きで売られているディスクは日本盤にもたくさんある。私が考え得るに、これらがOKなのは、限定商品扱いになるからだろう。初回盤のみで再プレスされないから、基本的に初回配送で売り切ってしまうため、返品もなく、在庫のダンピングも起こりえない。だから、DVD付きというCDが、ほぼ短期決戦のシングル作品のみに限定されているという見方は間違っていないと思う。
 無料のオマケDVDなのに、撮り下ろしドキュメンタリーまで入れちゃうなんて、やはり人口2億人を抱えるアメリカの底力だな。ニッチなマーケットって言ったって、日本の人口の倍だから、自転車操業でも十分ペイできたりするんだろう。ましてやアジア、ヨーロッパ向けにプレスされるアメリカの輸出盤産業って、国内流通と同じぐらいのボリュームがあるらしいし(ちなみに、日本盤はほとんどが輸出禁止商品)。しかも売り切りだから、大量生産できて返品リスクもない。無論、英語圏である強みはあるが、開かれたマーケットであることが、こうしたリーズナブルなDVD付きCDを実現できてしまう最大の理由なのだろう。