POP2*5

過去にはてなダイヤリーで連載してた連載コラムのアーカイヴです。

文藝別冊『追悼加藤和彦 あの素晴らしい音をもう一度』(河出書房新社/発売中)

加藤和彦 あの素晴しい音をもう一度 (文藝別冊)

加藤和彦 あの素晴しい音をもう一度 (文藝別冊)

 先日刊行された別冊文藝『追悼加藤和彦 あの素晴らしい音をもう一度』に、論考メンバーの一人としてコラム執筆させていただいた。テーマは「テクノポップの遺伝子ープロデューサー加藤和彦の立脚点ー」というもの。加藤和彦YMOが蜜月関係にあったヨーロッパ三部作(『パパ・ヘミングウェイ』、『うたかたのオペラ』、『ベル・エキセントリック』)の時代を中心に、故人とニュー・ウェーヴ・サウンドとの関わりについて書いてくれと依頼を受けたもの。拙者が取材してまとめた未刊行の関係者インタビューがあり、それを参考資料として一部に用いた、あまり知られていないエピソードを盛り込んだものとなっている。ユリイカの「初音ミク」、「坂本龍一」、「菅野よう子」と、このところ文芸誌に書かせていただく機会が続いたが、文藝別冊への執筆は初めて。拙著をお読みいただいた編集者の方に、ぜひにと声をかけていただいて参加が叶ったもの。ありがたや。文藝別冊は自分も熱心な読者のつもりだが、特集テーマによってけっこう出来不出来にバラツキがあるものの(……失敬!)、今回の加藤和彦特集号はかなり熱のこもったものになっている。
 そもそも、加藤和彦の音楽活動を記録したまとまった資料本というのはほとんど存在しない。おそらく『ロック画報』に連続掲載された田口史人氏のロング・インタビューが唯一と言えるもので、故・黒沢進氏が三浦光紀氏にインタビューしたベルウッド研究と並んで、数少ないロック史の貴重な証言資料と言われている。なにしろ加藤和彦本人が、昔を振り返ることをよしとしない人。井筒和幸プロデュースのドキュメンタリー映画サディスティック・ミカ・バンド』も、アルタミラのゴールデン・カップスの傑作伝記映画のノリを期待したロック史好きのファンが観て、大いに肩すかしを食らってしまったように、本人の生前にはこうした歴史がまとめられることがなかった。今回の特集本は、先の田口インタビューの完全版のほか、『週刊文春』(07年)の小田和正との対談、ミカ・バンドvs.ティン・パン・アレイの結成すぐのころに行われた、探り探りのやりとりがスリリングな『ライトミュージック』(73年)の細野晴臣との対談が再録されるなど、資料集として抜かりのないものになっている。とにかく読後の感想の第一声としては、きたやまおさむ高橋幸宏小原礼といった、当事者を知る人々の書き下ろしエッセイ、インタビューがいずれも秀逸。歴史の重みを感じさせるもので、この前半部だけでおそらくこの手のムック2〜3冊分の価値があると思う。
 ワタシより若い、音楽史研究家として一目置く仕事を数々残している田口史人氏の、インタビューでの健闘は見事なものだったが、いっぽうで決して口当たりのいいことばかりいうわけではない加藤和彦の言葉選びにも、厳しい中に誠実なものを感じさせる。温厚な笑顔と裏腹に、厳しい発言で知られている加藤の態度は、彼の音楽人生を通して体験した、レコード業界や音楽マスコミへの不振から生まれたもの。少なからずギョーカイの一端を覗いてきた自分も、幾度もミュージシャンが虐めらている現場を見かけたことがある。さらに援護者となるべき音楽マスコミ、音楽ライターの「無理解」も酷いもので、ミュージシャンとは孤独なショーバイだなあと痛感したことも。だから、力作だろうがなんだろうが『ミュージック・マガジン』の加藤和彦特集号を素直に読めないところがあるし、ネオアコフリッパーズ・ギターなど、活動時にはまったく取り合わなかった文化を訳知り顔に特集する同誌には、軽蔑に近い感情を持ってしまう。一部ゲスト論考者を除けばいずれのコラムも、こうした加藤和彦の「苛立ち」を共有できる立場の人々によって書かれており、それゆえに本書のメッセージは尊い。新聞報道などで取り上げられた一般向けのあの「遺書」も、綴られた内容には対マスコミへのバイアスがあって、額面通りに受け取らず言葉に込められた「嘘」を見抜くべきだと、異口同音に語っているのが印象的だった。
 リアルタイム体験者として「ヨーロッパ三部作」をテーマに仰せつかった立場ゆえ、大きくテーマを逸脱することがしなかったが、本音を言えばワタシ自身は熱狂的なサディスティック・ミカ・バンド派で、中学時代の『パパ・ヘミングウェイ』体験から遡って、グループ時代を知ってからはそちらにゾッコンに。「10年早く生まれたかった」と言わしめたほど、その愛着は深い。また、中学時代に深夜放送の面白さに開眼し、「つボイノリオのオールナイト・ニッポン」にギャグ感性を育てられたワタシだが、その前番組だった自切俳人きたやまおさむ)の「真夜中の事典」もよく覚えていて、ロックに目覚める前のフォーク愛好時代から、フォークル一派にはシンパシーを感じていた。ちなみに、つボイが当時所属していたのは、アリスを筆頭とする関西の芸能プロダクション「ヤングジャパン」(現在のアップフロントエージェンシーの前身)。その社名は加藤和彦とミカの海外公演のツアータイトルから付けられたもので、同社とはプロデューサーとして加藤は関わりも深かった。エレックからいずみたくのブラック(テイチク)に移籍したころの海援隊のシングル「昭和喧嘩ロック」では、泉谷しげる『光と影』と同じように、フォークからのイメージチェンジを謀った彼らをサディスティック・ミカ・バンドがバッキングするなど、フォーク界での貢献も大きかった。本書の巻末年表にも書かれていない些末な知識を披露してみたが、それぐらいフォークル一派の活動域は多彩で、かつ自分ら後進の世代にも、身近な存在だったということがわかるのではと思って書いてみた次第。
 とまれ、ライター執筆陣の熱量をこれほど感じさせるムックというのは久々。書かれている内容から、加藤本人に興味がない人には読み切れない部分も多い本だが、本書が持つメッセージは音楽不況の今だからこそ重要なもの。敬愛するミュージシャンの逝去に立ち会う度に、今後も何度も読み返すことになるだろう、全ロックファン必携の一冊。