POP2*5

過去にはてなダイヤリーで連載してた連載コラムのアーカイヴです。

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ザ・モカビーンズ『In The Moog』(Morning Records)
The Mocha Beans/In The Moog

オンタリオのレーベル発。「ホット・バターの次世代を担う、ヨーロッパツアーの経験もあるグループの第一作」と裏ジャケットに書かれているが、正体はミラノの作曲家、ジャンピエロ・ボネスキーの覆面作品である。半分の曲が本名とMitridateという彼のペンネームで書かれた曲で構成。残りはドイツ、フランス、ベルギー、イタリアのライブラリー音源を抜粋収録している。編成は全編生ドラムにシンセ・ダビングを施したものだが、ボネスキーの他作品同様、メロパートの音色のファニーな汚し方が魅力的。「Latin Fever」はモーグ・クラシックスの「南京豆売り」のヴァリエーション。犬の鳴き声が旋律を歌う「Hot Dog」や、カリプソフランシス・レイの合体による「Snakes And Ladders」、グループのテーマ曲という設定の「Taste The Mocha Beans」はサルサ風と、リズムの探求が裏テーマに。



ボリス・カーロフ『Tales Of The Frightenned Vol.1、2』(63)(Mercury)
Boris Karloff/Tales Of The Frightenned Vol.1、2

カーロフは英国の有名俳優で、映画『フランケンシュタイン』が当たり役。ホラーの名優ヴィンセント・プライスにも、UCLAで教鞭を執る作曲家ダグラス・リーディが参加した電子音楽+ナレーションの怪談レコードがあったが、同じユニヴァーサル映画のスターだったカーロフにも、傑出した電子音楽盤が存在した。1、2集に分かれ、SF作家でノベライズでも著名なマイケル・アヴァロンのペンによる、「The Man In The Raincoat」ほか計13のエピソードを、カーロフのナレーションで紹介している。エコーを伴う女性の喘ぎ声や打撃音など、カットアップされる効果音が衝撃的。驚くなかれ、音楽はオランダのフィリップス物理研究所のトーマス・ディセヴェルトが担当している(クレジットなし)。キッド・バルタンとの『Fantasy In Orbit』からの抜粋曲や、筆者も初めて耳にした同盤収録曲の別ヴァージョンなどを使用。フランス近代音楽風の背景音楽の旋律は、ホラー譚でありながらうっとりする仕上がり。



テオドレ・バイケル『The 5th Cup』(74)(The Fifth Cup Co.)
Theodore Bikel/The 5th Cup

米国の舞台俳優の出世作となったロック・ミュージカル。全詞は、映画主題歌『ある愛の詩』や、ナット・キング・コール、ペリー・コモなどの曲を手掛ける作詞家ノーマン・サイモン、曲と演奏をディズニーランド「エレクトリカル・パレード」の作者として有名な作曲家ガーション・キングスレイが担当している。サウンドは『ヘアー』を意識したロック楽団編成で、キングスレイは編曲のほか、モーグ、メロトロンを担当。時流らしく、彼のプレイも珍しくキース・エマーソン風で、実際、楽曲はELP、初期キング・クリムゾンなどを意識したものになっている。



ミッシェル・ポルナレフ『リップスティック』(76)(ワーナー・パイオニア
Michel Polnareff/Lipstick

シェリーに口づけ」で著名なフランスのアイドル歌手。作曲家としての新天地を求めてアメリカに移住し、ブルース・リーらと親交を持つが、本作は『天地創造』『キングコング』ほかスペクタクル映画の巨匠制作者、ディノ・ラウレンティスからサウンドトラックの依頼を受けて書いた野心作。『哀しみの終わるとき』『大乱戦』(ともに71年)など仏時代にも映画音楽を手掛けているポルナレフだが、本作では初めてスコアの半分を電子音楽で構成している。主演は、『老人と海』『誰が為に鐘はなる』の文豪アーネスト・ヘミングウエイの孫娘で、『ヴォーグ』『コスモポリタン』などの雑誌で活躍する183cmという長身の人気モデルだったマーゴ・ヘミングウエイ。『羊たちの沈黙』のスキャンダラスなラウレンティスらしく、テーマは当時米国を騒然とさせた「レイプ問題」を扱ったもの。A面はディスコ・サウンドなどの実験的なモンタージュで、ジミー・ハスケルとの共作。B面「レイピスト」「バレエ」は、ジョン・ケージに心酔する音楽教師にしてレイプ魔の男が、マーゴを陵辱する場面で使われている曲で、『時計じかけのオレンジ』のウォルター・カーロスに肉薄する強烈な電子ノイズによる組曲になっている。



「Introducing The Arp Avatar」(78)(Eva-Tone Sound Sheets)

老舗シンセブランドのアープが開発した、世界初の商用ギター・シンセサイザー「Avator」のデモを収録したフォノシート。生ドラムにギター・シンセを多重録音したものだが、ゴリゴリのベースラインや肉厚のストリングスなど音色が太いのが特徴で、線が細い一般的なアナログ・シンセのイメージを凌駕する。作曲、演奏は、後にエレポップバンド「EBN-OZN」でデビューするネッド・リーベン。A面「First landing」は4度進行のオリエンタルなバッキングが気持ちいい、クラプトン風ブルース曲。B面はS&HのSE曲「Free Fall」に導かれて始まり、使用サンプル曲としてアイランドのグループ、リフラフ「It's Up To You」が抜粋使用されている。3曲からは多面的な可能性を伺わせるが、ピックアップなどの問題から量産ができず、事業としては失敗。アープ社凋落のきっかけを招いた。



「Sound Sensation DX7驚異の“音”の世界」(84)(Yamaha

ポリシンセが100万円近くしたアナログ時代に、25万円台のセミプロユース価格帯で16音ポリフォニックを実現したヤマハのベストセラー「DX7」のデモンストレーション盤。オペレータとキャリアの組み合わせで無限の音作りを実現した、FM音源を搭載した初の国産オールデジタル・シンセで、ヤマハはこの方式に未来を託し、90年代末まで販売独占権を保有していた。演奏は当時パラシュートの井上鑑。両面とも短いサウンドピースがぎっしり入っており、ホワイトノイズによる蒸気機関車、汽笛や爆発音のシミュレーション、ゲームセンターのSE風のカーチェイス描写など、従来のアナログシンセ時代の音作りのメソッドにも挑戦しているのが時代を伺わせる。一世を風靡したローズ風の生々しいエレピに始まり、バグパイプによるスコットランド民謡風、ディストーションを再現したハードなリフによるR&R、C&Wのフィドル、スティール・ドラムなどを収録しているが、ダビング回数が1〜2回と書かれたクレジットが誇らしげ。ラストはデモ盤らしく『スイッチト・オン・バッハ』風のバロック曲で幕を閉じる。



『The Incredible Sounds Of Synclavier II』(81)(New England Digital)

ベル研究所の嘱託で、スタンフォード大学でジョン・チョウニングが開発していたFM音源を初めて搭載した「シンクラヴィア」の二号機のためのデモンストレーション盤。ブルーワックスのレコードとパンフレットで構成。作曲はデニージャガープログラマーは後にスピルバーグと子供向けトレードサービス「Swap.com」を立ち上げて事業家として成功するビル・キーマン。教会オルガン、チューブラー・ベルズ、ハードロック風リフなど、線の細かったアナログ時代には、この太い音と多彩な表現力は驚異的であった。「シンクラヴィアと言えばこれ」と言われるほど有名な、マイケル・ジャクソン「今夜はビート・イット」のあのイントロも収録。終盤は、マルチトラック機能によるリズムボックスの再現や、オプションのリボン・コントローラーを使った、ギターのチョーキングやC&Wのフィドルなどの模倣など、エリート機らしいシンクラヴィアの高いシミュレーション能力をPRしている。ラスト曲は、ジョン・アップルトンと並んで著名な共同開発者で、『地獄の黙示録』でグラミー賞を取ったパトリック・グリースン作による、ヴィバルディ『四季』を抜粋収録。



ザ・スタイラーズ『重逢 時代楽超級旋律 神奇魔音琴 野馬昭電子琴音楽』(TNA)
The Stylers/Synthesiser & Organ Music

マレーシア発、シンガポール産の電子音楽アルバム。「時代楽超級旋律 神奇魔音琴 野馬昭電子琴音楽」のタイトルは、そのまま“シンセサイザーとオルガンによる音楽”を意味する。ペレス・ブラード楽団「タブー」を連想させるラテン風の表題曲「重逢」で幕を開け、「禿子溺抗」はホット・バター「ポップコーン」風の軽快なお散歩のテーマ風のシンセポップ、「東山一把青」は本格的なソウルナンバーと、この雑食性は、後に同国から登場するマッド・チャイナマン=ディック・リーなどの音楽性に通じる世界。基本的にラテンをリズムのベースに取っているが、メロディーは全曲演歌風で、ファニーな主旋律の音作りでコミカルに仕上げている。



「Pochonbo Electronic Ensemble」(Korean Record Campany)

平壌にある唯一のレコード会社、コリアン・レコード・カンパニーからリリースされた「北朝鮮電子音楽」盤。一聴した印象は韓国の大衆曲「ポンチャック」のようだが、おそらくクラシック教育などを受けた奏者の誠実なプレイは、キューバ音楽のような独自の進化を感じさせるものがある。全英語タイトルなのは、外貨獲得のための輸出向けレコードであるためか。「Dont Ask My Name」は女性ヴォーカルによるムード歌謡、「A Toen Comes To Mary」は「ポン、ポポーン!」というイントロのシンセドラムが軽快な曲で、小林亜星サントリーCM曲のようなロシア民謡のフレーヴァーを感じさせる。ヴォコーダー風の無機的な男声コーラスも魅力。終幕曲「I Long For Him」は「イムジン河」風のメロディーを喜多郎風の叙情派ニューエイジに仕上げたものだが、実際、割と薄い電子音で構成されており、使用楽器はコルグのシンセやストリング・キーボードではないかと思われる。



「The Sound Of The System」(82)(Oberheim Electronic,Inc)

ユートピアのロジャー・パウエルも開発者だった、トム・オーバーハイム設計のオーバーハイム社のシンセサイザー・システムのデモンストレーション盤。作曲、演奏は、A面は同社の技術者だったダニエル・ソファ、B面はカスタマーサーヴィス担当のトッド・マッキニーが務めている。過剰なエコー処理を施さない、デモ盤らしい誠実さで、「オーバーハイムと言えばこれ」と言われるヴァン・ヘイレン「ジャンプ」でおなじみ、シンセ・ブラスも象徴的に使われている。使用楽器はOB-Xa、ポリフォニック・シーケンサーDSM、24音のPCM音源を内蔵したリズム・マシンDMXで、自社スタジオのタスカム16チャンネルで録音。A面「Dew Drops」はオリエンタルなリフも聴ける上質なフュージョン、「The Third World Of Dreames」はスティーヴ・ライヒ風のミニマルで始まるウェザー・リポート風電子エスニック。B面はカリンバを模したアフリカ風な「Kimberlite」、ヤン・ハマー風のソロで決めるシンコペーション・ナンバー「Renuwal」の、計4曲を収録。