POP2*5

過去にはてなダイヤリーで連載してた連載コラムのアーカイヴです。

イベント「音で聴く『電子音楽 in JAPAN』、ストライクスバック!」(1月28日開催)告知!





世紀の悪ノリ(笑)。渋谷を邪悪なヲタトークで埋め尽くせ!
POP2*5ナイト(毎月第4木曜日開催)


定例の新宿ロフトプラスワンから場所を変え、渋谷のライブハウス「Wasted Time」に場所をお借りしてのトークイベント・アネックス版。こちらは熱気の伝わる小スペースで、「BSマンガ夜話」のようなノリで、マニアックかつグダグダな濃ゆい内容で、時間無制限(?)でお送りする音楽マニアの集い。


場所:渋谷Wasted Timehttp://www.wastedtime.jp
〒150-0042 東京都渋谷区宇田川町31-3第3田中ビルB1F(03-3461-8383)
※渋谷駅より徒歩約5分
開場:18:30 開演:19:30(〜バータイム)
チケット:予約1500円 当日1800円(ドリンク食事別)
※予約は電話、またはHPより受け付け


■第1回(1月28日)
「音で聴く『電子音楽 in JAPAN』、ストライクスバック!」
ゲスト:『サウンド&レコーディングマガジン』國崎晋編集長
……2007年にお台場東京カルチャーカルチャーで行われ反響をいただいた実験的イベントが、内容刷新してアンコール。ノンフィクション『電子音楽 in JAPAN』で紹介された電子音楽の歴史を、珍しい音源を聞いて辿るという試み。シュトックハウゼンから『鉄腕アトム』、ラジオジングル、CM曲、ドラマの効果音、シンセサイザーのデモレコードまで、入手困難な音源を一同に介してお送りする。解説はPOP2*5こと『電子音楽 in JAPAN』の著者と、『鉄腕アトム 音の世界』などにライナーノーツなどを寄稿しているギョーカイ屈指の電子音楽通、『サウンド&レコーディングマガジン』編集長の國崎晋氏。


■第2回(2月25日)
POP2*5 vs. いぬん堂テクノポップ秘蔵映像音源ナイト」
ゲスト:いぬん堂
元徳間ジャパンWAXのA&Rにして、現在はヤプーズなどをリリースするレーベル「いぬん堂」。ビクターのニュー・ウェーヴVAを監修するなど、ギョーカイ随一と言われる博識ぶりで、「DRIVE TO 2010」の制作などにも関わる。そんな「いぬん堂」代表をゲストに迎え、ほぼ同じギョーカイ歴を持つPOP2*5と、知られざるテクノポップ史の裏側を語り尽くすのがこの日のテーマ。珍しいビデオ、未発表音源などを、相撲の東西番付形式で次々と紹介する。YouTubeニコニコ動画でも見れない聴けない、貴重な資料を持ち寄っての「一回だけだから許して!」のゲリラチック&ファンタスティック・ナイト。


■第3回(3月25日)
「筑波万博コンピ発売記念! 安西史孝&TPOナイト」
ゲスト:安西史孝(TPO)
……フェアライトCMI日本上陸第1号を操り、ソニーからの刺客として「ポストYMO」の触れ込みで登場した幻のバンド、TPO。昨年25年ぶりの復刻CDがamazonインディーチャート2位に輝く快挙に。2010年春には、第2弾として筑波万博のために書かれた未発表音源集のリリースが予定されている。中心人物であった安西史孝氏をゲストに迎えたこの一夜は、ローランドスタッフ時代、『8時だヨ!全員集合』の効果参加、クロスウインド、『うる星やつらサウンドトラック時代など、TPO誕生に至る各時代のエピソードを、未発表音源+本人解説でお送りする試み。本邦初公開の『うる星やつら』デモテープ&未発表音源もあるでよ!


 今週は打ち合わせが続いて、ちょっと知恵熱気味。水曜日は、昨年夏にこのブログでも予告させてもらった、音響デザイナー・大野松雄氏の生涯を綴ったドキュメンタリー映画サウンドアルケミスト』(仮)の構成打ち合わせ。国産アニメ第1号『鉄腕アトム』の「ピョコピョコ」というアトムの足音の音を作った伝説のクリエイターとして有名だが、文学座NHK効果部第2期生〜日本初のフリーランスと、もとは前衛芸術のシーンで活動してきた方で、『鉄腕アトム』が終わるとさっさとアニメ業界を去り、万博などのイベント音響制作の分野に。後年は京都にわたり、京都芸術短大(今をときめく京都造型芸大の前身)で講師などを務めておられた。映画は、昨年7月14日に岩波ホールで行われた生涯初のコンサート『<アトムの音をつくった伝説の音響クリエイター>大野松雄〜宇宙の音を創造した男』の模様を中心に、お住まいの京都と東京を往復しながら、人物・大野松雄と氏が生きた時代にフォーカスしていくというもので、年末公開予定で撮影が進んでいる。監督はなんと『パンドラの匣』でおなじみの冨永昌敬氏(!)。商業作品の監督がドキュメンタリーを撮るというという試みは、市川崑の名作『東京オリンピック』などを連想させるもの。といっても冨永監督はカメラマン出身で、これまでも数多くのドキュメンタリーの制作に関わっており、音楽にも造詣が深くて、倉地久美夫ドキュメンタリー映画を昨年末に発表したばかり。この分野では過去に、青山真治監督がクリス・カトラーのドキュメンタリーを手掛けたケースもあるが、そういう意味でも人物・大野松雄を冨永監督がどう映像化してくれるか楽しみだ。今回、『電子音楽 in JAPAN』やCD『大野松雄の音響世界』(全3巻)のブックレットのインタビューをご覧になったプロデューサーからお誘いを受け、ワタシも監修者の一人として参加。監督とは今回の仕事が初対面だったが、オダギリジョー主演の『パビリオン山椒魚』という、山本政志『てなもんやコネクション』に匹敵する怪作(理由は各自、DVDで確認されたし)を手掛けた才能ゆえ、人柄にも興味津々。毎回のブレーン・ストーミングでお会いしては、いろいろ刺激をいただいておりまする。
 その翌日はリットー・ミュージックにて、『サウンド&レコーディング・マガジン』編集長、國崎晋氏との打ち合わせ。今月28日(木曜日)、渋谷Wasted Timeで行われるイベント「音で聴く、『電子音楽 in JAPAN』ストライクス・バック」の内容についての摺り合わせをやってきた。『電子音楽 in JAPAN』、副読本であるディスクガイド『電子音楽 in the (lost)world』に掲載されている、歴史的名盤、非売品レコードなどの音を、実際にお客さんにダイジェストで聞いてもらうという試み。実は國崎氏とは20年来の知り合いで、拙著の執筆時にも励ましていただいた一人。ワタシ以上に造詣の深い、楽器やエンジニアリングに関する知識をお持ちの國崎氏に、イベントの曲をつなぐトークコーナーで解説コメントを入れていただけたらと、今回のゲスト出演をお願いしたという次第である。書籍ではエピソードやジャケット写真を紹介できても、音を伝えることはできない。著者として感じていたそんな歯がゆさを、実際の音をレコードで聞いてもらって、お客さんとともに驚きや喜びを共有できたら幸いである。
 実を言えば、3年前にお台場でやったイベントのアンコール版なのだが、満員御礼のうちに終わることができたものの、そのときは場所が都心から遠く、会場の音響設備にも少々問題があり、内容も詰め込みすぎで未消化に終わった反省もあって、いずれもっといいコンディションでアンコール版ができないかと思っていた。そこに今回、渋谷の同スペースから「イベントやってみませんか?」とお誘いをいただいて、晴れてシリーズイベントの第1弾として行えることになったのだ。前回から3年の間に発掘された、「こんなのあるよ」と提供いただいた新入荷のレコードなどもたくさんあり、今回は1.5倍の濃度にヴァージョン・アップしてお送りする予定。
 上記の大野松雄氏が手掛けた『鉄腕アトム』のサウンド・エフェクトなど、当日は日本の電子音楽史の主要サウンドをレコードや秘蔵カセット音源で綴っていく。以下、まだ未定部分はあるが、大まかなコーナー構成をざっとあげておくことにしよう。


■アーリー・エレクトロニクス
 第二次大戦中にテープ・レコーダーがナチスによって発明され、終戦直後の50年代に西ドイツで電子音楽が誕生。その後65年に、トランジスタ先進国アメリカでモーグシンセサイザーが誕生し、今日に至るシンセサイザー音楽の歴史が始まる。しかし、そんな電子音楽シンセサイザー音楽の歴史以前から「電子音を使って音楽に挑む」というトライアルは始まっていた。ここでは、シンセサイザー以前にポピュラーだった黎明期の電子楽器を使った音楽を紹介していく。
 フランスで生まれたシンセサイザーのルーツ、オンド・マルトノを使ったオリヴィエ・メシアン「トゥランガリーラ交響曲」、映画にもなったロシア産電子楽器、テルミンの第一人者だったクララ・ロックモア、サミュエル・ホフマンの参加したムード音楽のレコード、ヒッチコック監督『鳥』のサウンドエフェクトに使われたドイツ製のトラウトニウムによるオスカー・サラ作品、イタリア製のプレ・シンセサイザー、シン・ケットを使ったジョン・イートンのポップな電子音楽ジャズなど。映画『惑星ソラリス』にも使われたロシア製電子楽器“ANSシンセサイザー”の10インチ・レコードはかなり珍しい一枚で、坂本龍一が書いたようなフランス近代風小品「Intermezzo」が聴きもの。
 また、『けいおん!』でおなじみレスポール・ギターの生みの親、レス・ポールはマルチ・トラック・レコーダーの開発者としても有名で(共同開発者は、あのスティーヴ・ミラーの父)、「帰ってきたヨッパライ」のようにテープ早回し回転などのギミックを使った、実験的レコードをたくさん残している。電子楽器ではなく既存の楽器を使いながら、録音装置によってエレクトロニクス・サウンドを試みたレコード群にも傑作が多い。ここでは、フランス国営放送のミュージック・コンクレート・スタジオで作られた実験ジャズの名作、アンドレ・オデール「ジャズはジャズ」、『トムとジェリー』のようなカートゥーン映画の専門家が、スラップスティックな映像を音で再現したディーン・エリオット『Zounds! What Sounds!』(まるでフレッド・フリスのネイキッド・シティのルーツ!)などを紹介。



■海外の初期電子音楽
 50年代にいち早く歴史をスタートさせた西ドイツ、それに続くイタリア、オランダらヨーロッパ諸国が、電子音楽黎明期には世界をリードしていた。ここでは、そんな電子音楽が産声をあげたばかりの、ごく初期の代表作を紹介する。検波用のオシレーターを用いた極めて原始的な手法によりながら、そのアヴァンギャルド感覚、ポップ感覚は、現代にも十分通じるところが素晴らしい。
 まずは、電子音楽に先駆けて40年代にフランスで生まれた、テープ・レコーダーによって音のコラージュの手法で作曲する、ミュージック・コンクレート編。レコード・カッティング・マシンを使って音のコラージュを試みたプレ時代の、ピエール・シェフェール「鉄道のエチュード」、「ひとり男のためのシンフォニー」が代表作。対する西ドイツ側からの応戦として電子音楽が生まれるが、初期作品としてはカールハインツ・シュトックハウゼン「習作1」が有名だろう。また、爛熟期の中からは、ストラヴィンスキーとベートーベンのレコードをつなぎ合わせた、リュク・フェラーリ「Strathoven」という怪作も。コーネリアス『中目黒ラジオ』でジングルに使われている、「君が代」と「星条旗を永遠に」をつなぎ合わせた「The Star Spangle-Gayo」は、おそらくこれがヒントになったのでは。
 少し遅れて、大学研究室ベースで歴史が始まったアメリカの電子音楽は、個人発明家やヒッピーも入り乱れてバラエティ豊か。ヤン富田、ホルガー・シューカイのように短波ラジオを楽器にするルーツ曲、ジョン・ケージ「Radio Music」、オーケストラにモールス信号などの電子音をブレンドした、ウラジミール・ウサチェフスキー「Wireless Fantasy」はギャビン・ブライアーズ『タイタニック号の沈没』のような厳かな世界。フランス産のミュージック・コンクレートと手法は近いものの、よりサイケデリックな発想から生まれた“テープ・ミュージック”の代表作として、スティーヴ・ライヒ「Come Out」、アンドリュー・シスターズのジャズのレコードを素材にした元祖マッシュアップ、ジョン・アップルトン「Chef D'Euvre」などを紹介。
 そして、この手の電子音楽アーカイヴであまり取り上げられることが少ない、イギリスのBBCラジオフォニック・ワークショップの功績も素晴らしい。ビートルズ、初期ピンク・フロイドに多大な影響を与えた、「ポップな電子音楽/ミュージック・コンクレート」で時代を先駆けた、知られざる頭脳集団。プログレ好きの間でもマストなホワイト・ノイズ『アン・エレクトリック・ストーム』のリズム・トラックを作ったのも、同所の美人オペレーター、デリア・ダービシャーである。前回のイベント後にCDリリースされた、代表的作家だった故ジョン・ベイカーの作品集がとんでもない名盤で、ぜひここで聞いて気に入ったら、廃盤になる前に入手していただきたい。



■日本の電子音楽
 川崎弘二『日本の電子音楽』の刊行後、アーカイヴのCD発掘などもさかんに進んでいる、55年にNHK電子音楽スタジオから始まった日本の電子音楽。今回は、海外の歴史との関わりが深い、西ドイツ、フランスの影響が強かった、ごく初期の作品を紹介する。「音による4コママンガ」的楽しさにあふれた日本製ミュージック・コンクレート第1号、黛敏郎「ミュージック・コンクレートのための作品X,Y,Z - Y」、NHK電子音楽スタジオで制作された日本の電子音楽の本格第1号、黛敏郎・諸井誠「7のヴァリエーション」。これまたコーネリアスの近作に影響を与えたとおぼしき、水のしぶきの音だけで構成した武満徹「水の曲」などなど。



■世界/日本の映画サウンドトラック
 電子音楽はそもそも前衛音楽の1ジャンルとしてスタートしたもので、レコード化された音源も少なく、我々が日常親しんでいたポピュラー音楽の世界とは隔絶していた。とはいえ、我々がそれでも電子音に郷愁を感じてしまうのは、アニメ『鉄腕アトム』の効果音や昔のハリウッド製SF映画など、映像を通してそれらのサウンドを体験していたから。ここでは電子音楽装置、シンセサイザーなどを使ったことで有名な、映画のサウンドトラックをまとめて紹介する。
 スリラー的効果を狙って、SFや恐怖映画にテルミンが使われ始めたのがそのルーツで、初期の代表作ではアルフレッド・ヒッチコック監督『白い恐怖』(ミクロス・ローザ)、ロバート・ワイズ監督『地球の静止する日』(バーナード・ハーマン)などが有名。初めての本格的電子音楽によるサウンドトラックと言われているのが、ルイス&べべ・バロンによる『禁断の惑星』。また、モーグシンセサイザー誕生直後のアメリカでは、60年代末期のサイケデリックな時代に、そのトリップ感覚を電子音で描写した作品も多く、フリッパーズ・ギター『ヘッド博士の世界塔』でも引用されているジ・エレクトリック・フラッグ『白昼の幻想』、ミック・ジャガーが個人所有していたモーグを使った、ジャック・ニッチェ『パフォーマンス/青春の罠』なども面白い。
 対する日本でも、武満徹黛敏郎らが映画音楽を量産していた時代に、後に電子音楽に進むことになるその実験的萌芽を感じさせるものがあり、ジム・オルークも絶賛する黛敏郎『赤線地帯』、武満徹『怪談』など、サウンドはかなりユニーク。冨田勲も第1作『月の光』を発表する前に、東宝映画『ノストラダムスの大予言』でキング・クリムゾンのようなプログレッシヴな劇音楽を書いている。また、ウォルター・カーロス『スイッチト・オン・バッハ』があの時代、いかにヒップな人たちに支持されたのかがわかる好例として、それをサントラに使用した東宝映画『赤頭巾ちゃん気をつけて』なんて作品もある。市川崑監督にも『我が輩は猫である』という全編にウォルター・カーロスの音楽を使った作品があったり、実際には使われなかったものの、横溝正史作品のためにシンセサイザー音楽を深町純に発注したこともあるらしい。映像作家の前衛意識が、音楽家と共闘していた時代があったのだな。



■海外のシンセサイザー音楽
 コロンビア大学で前衛音楽に取り組んでいたウォルター・カーロスという作曲家が、65年に完成したモーグシンセサイザーのプロトタイプを購入。いかにもアヴァンギャルドな習作群を残したのちに、これで既製音楽をシンセサイズする作風を編み出し、バッハのバロック音楽シンセサイザーで演奏させた『スイッチト・オン・バッハ』を68年にリリース。これがクラシック界では異例の、100万枚を売るヒットとなった。そのブームに便乗して、各スタジオがシンセサイザーを購入。減価償却としてそれを使った、「スイッチト・オン〜」というタイトルの便乗作品が、世界各国で山ほど作られている。それでも中には、ウォルター・カーロス以上のクオリティを聞かせるものもあって、企画盤の世界を奥深さを感じさせる。ここでは60〜70年代初頭の、シンセサイザーがまだ珍しく「アポロ時代のサウンド」といわれた時代の、世界各国のシンセサイザー盤の傑作を聞いていく。
 ウォルター・カーロスが『スイッチト・オン・バッハ』以前に作った前衛音楽や、バート・バカラック「何かいいことないか子猫ちゃん」などの習作、東京ディズニーランドエレクトリカルパレードの音楽に使われたペリー&キングスレイ「バロック・ホエダウン」、電気グルーヴもカヴァーしたダンス・クラシック、ホット・バター「ポップコーン」などなど。また「スイッチト・オン〜」ブームは世界にも飛び火して、ローカルな電子音楽作家がご当地音楽をモーグ化したアルバムを次々と発表。日本盤も出たギル・トライザル『カントリー・モーグ』、ピエロ・ウミリアーニ『スイッチト・オン・ナポリ(イタリア)』、ブルーノ・スポエリ『スイッチト・オン・スイス』、シド・バス『スイッチト・オン・エスパーニャ(スペイン)』など、各自趣向を凝らしていてどれも面白い。映画音楽家としても有名なピエロ・ウミリアーニには、代表作「マナマナ」を自らモーグ化したヴァージョンも存在する。
 ほか、ヴァン・ダイク・パークスがCM用に制作した非売品レコードに収められた完全無欠のモーグサウンド作品、あのアート・オブ・ノイズの才媛、アン・ダドリーが放送局ライブラリのために制作した、フェアライトCMI導入以前のシンセサイザー・アルバムなど、普段フォーカスされないような珍しい音源も用意しておく。



■日本のシンセサイザー音楽
 今やアメリカでもシンセサイザーといえば「トミタ」で通じるほど、国際的ポピュラリティを持つ日本産シンセサイザー音楽だが、トミタの第1作『月の光』が発表されたのは74年。日本に最初にシンセサイザーが輸入されたのは70年の大阪万博の年で、実は冨田勲以前にも好奇心旺盛なミュージシャンがそれを購入し、数々の習作的なシンセサイザー音楽が作られていたのだ。拙著『電子音楽 in JAPAN』でも紹介している、NHK人形劇、手塚アニメの音楽で有名な宇野誠一郎は最初期のミニ・モーグの購入者の一人で、「エルゴノミックス」というクリムゾン・スタイルのインストを、70年にカセット・テープでリリース。同年に手に入れたジャズ・ピアニスト佐藤允彦は、日本コロムビアの嘱託で『モーグシンセサイザーによる日本のメロディー』を72年に出しており、これが冨田に先駆ける日本で最初のシンセサイザー多重録音アルバムと言われている。『スイッチト・オン・バッハ』で儲けたソニーも商魂たくましく、冨田勲に依頼して作られた『スイッチト・オン・ヒット&ロック』、沖浩一スカパラ沖祐市の実父)がEL&Pスタイルに挑戦した『ヴィヴァルディ四季』などをリリース。当時、冨田のモーグと対をなす形で、アープ・シンセサイザーの使い手として知られていた神谷重徳も、『ニワトリのジョナサン』というアルバムを残している。
 今回は「私は作曲家」「銀河鉄道の夜」「習作“愛”コンポジション」など、冨田勲の『月の光』以前のシンセサイザーの習作を中心に、特に70年代初期に絞って日本のシンセサイザー音楽史を振り返っていく。



■エキジヴィジョン
 日本の電子音楽作品として初めて世界に広く紹介されたのが、69年の東京オリンピック開会式で流された、黛敏郎「オリンピック・カンパノロジー」。翌70年には大阪万博の各パビリオンで、来客がドキっとするような前衛的な電子音楽が鳴り響いた。シンセサイザーが普及する以前は、電子音楽を制作するためにはスタジオ装置が不可欠であり、当時生まれた多くの作品も、NHK電子音楽スタジオ、中部日本放送など、設備と予算を持つ放送局がスポンサードしたものばかりだった。大阪万博以前の万国博覧会の歴史を紐解いてみても、新発明の展示と同じように、その時代のまだ高価だった電子楽器を使った音楽の発表がトピックとなっていたのだ。ここではそんな、国家がクライアントとなって芸術家の創作力を支えていた、オリンピック、万博などのイベント用の電子音楽作品を集める。
 まず大阪万博前史として、オンド・マルトノによるオリヴィエ・メシアン「美しい水の祭典」(パリ万博)、エドガー・ヴァレーズ「ポエム・エレクトロニク」(ベルギー万博)、ヒュー・ル・ケイン「Music For Expo」(カナダ万博)などの有名作品をレコードでおさらい。東宝で記録映画が作られている日本万国博大阪万博)は、著作権の関係で映像からは音楽がすべてカットされているものの、各パビリオンで売られていたおみやげレコード、関係者配布の非売品レコードなどに、そのダイジェストが記録されている。有名な「開会式の電子音楽」を毎日放送朝日ソノラマNHKなどの各フォノシートで聞き比べ。ほか、武満徹の鉄鋼館のアルバム、湯浅譲二「ヴォイセス・カミング」(電気通信館)、冨田勲東芝IHI館)、松村禎三「飛天」(松下館A館)や、『鉄腕アトム』の大野松雄がおみやげレコードとして作った、鳥や動物がメロディーを歌う珍品「鳥獣戯楽」(フォノシート)などを紹介していく。
 ほか、モスクワ・オリンピック、沖縄海洋博、神戸ポートピア81などにも、冨田勲喜多郎、『惑星ソラリス』のエドゥワルド・アルテミエフらが作った非売品レコードが残されている。まとめは85年のつくば万博だが、こちらは3月に同所で行われるTPOの新作CDの予告編としてその一部と、坂本龍一冨田勲らが残した作品をダイジェスト。



■ジングル&コマーシャル
 知人でモーグ・レコードコレクターでもある写真家の常盤響氏と話をしていて、「至高の電子音楽レコードは?」という質問に両者がともにあげたのが「ラジオ・ジングル」。番組のつなぎで流されるステーション・ジングルには世界各国にコレクターが存在し、歴史書も数多く出版されており、ソフト・ロック風のハーモニーとポップな電子音が交錯するマジカルな世界は、どんな名作モーグ・レコードも太刀打ちできない魅力がある。実はそれらは、ほとんどがアメリカのダラスに存在するジングル制作工房で作られていて、映画『パイレーツ・ラジオ』にも出てくるラジオ・ロンドン、ラジオ・ワンなどの海賊放送のジングルも、実はアメリカで作られたもの。「JOQR〜♪」などのコーラスも世界最高峰のスタジオ・シンガーズがそのほとんどを歌っており、ワタシが米コレクターいただいた同所制作サンプルCDの中には、日本の文化放送や初期J WAVEのものも含まれていたというぐらい。
 まずはダラスの名門、PAM、JAMプロダクションなどの大手の作品の中から、作品集CDも出ているラジオ・ロンドン、ラジオ・ワンなどのパイレーツ・ラジオのジングルを。YMO『増殖』に入っている「JINGLE YMO」のヒントになった有名曲もここのもの。続く「CBC Radio News」「ABC Radio News」などのアメリカのニュース番組は、冨田勲が作った「ニュース解説」に通じる、クールな電子サウンドが雰囲気。ほか、作家別にもクライアント向けに作品集のレコードがたくさん作られていて、ヘラーズ・コーポレーション、TMプロダクション、フランク・ハリス・プロダクション、レイモンド・スコット、ガーション・キングスレイ、ジャン・ジャック・ペリー、モート・ガーソン、ヒュー・フィルファーなど、どれも内容が濃いこと。このジャンルはオルガン・バーの須永辰緒氏がコレクターとして有名で、テイ・トウワ砂原良徳などにもインスパイアされた作品があるので、そのルーツ的音源のヒップな完成度にはビックリするかも。
 一方、日本のコマーシャル音楽の草分けと言えば、三木鶏郎の流れを汲むON・アソシエイツ。大瀧詠一「サイダー73」で有名な同所にも、時代を先取りする広告代理店のリクエストに超えた、シンセサイザーを使った作品が数多くある。山下達郎、神谷重徳、坂本龍一ムーンライダーズ・ファミリーなどのショート作品から、電子音楽的にユニークなものをピックアップ。



■スポークン・ワード
 数多くのシンセサイザー盤を企画していたのは、レコード会社の学芸部などのセクション。ここは歌謡曲、演歌、洋楽以外のあらゆる「音にまつわる商品」を扱うセクションで、朗読レコードなどもここの主力商品。モーグシンセサイザーがブームのころには、ナレーションにモーグで効果音を付けたようなドラマ・レコードも数多く作られていて、どれもが「音のアニメーション」といった味わいがある。ここでは電子音楽的処理を施した、海外/国内の語り物のレコードを集めてみた。
 日本でもCD化されて話題を呼んだブルース・ハークが、マーティン・ルーサー・キングの演説に効果音を乗せた『Martin Luther King, Jr. A Music Documentary』、「シンセサイザーと人間がもしセックスしたら?」という珍品レコード『The Sounds Of Love ...A To Zzzz』は、エレクチオンの瞬間から果てるまでの電子音的描写がまるでギャグマンガ仕立て。語り物のクラシックとして有名なプロコフィエフピーターと狼」にも、コメディアンのアル・ヤンコヴィックが語り、ウェンディ(ウォルター)・カーロスが電子音楽で伴奏を付けたヴァージョンなんてのも存在する。
 一方、企画ものなら日本も負けちゃあいない。『電子音楽 in JAPAN』でも平沢進の章で紹介している“シンセサイザー落語”(そばを啜る音などをシンセで表現する、70年代に三遊亭円丈が考案した新案落語)から、桂文珍桂米丸の作品を。バッハ・リヴォリューションにも、一龍斎貞山の語りにクールな電子サウンドを付けた『四谷怪談』というレコードがある。最初期のモーグ・オーナーだった佐藤允彦が木枯らし、殺陣の効果音、心理描写などをミニ・モーグの多重録音で表現した、二代目相模太郎の口演による『ヤング浪曲 子連れ狼』も、時代劇×エレクトロの組み合わせが、モリコーネのイタリア産西部劇のようなストレンジなサウンドを生んでいる。YMOファンには、若き日の坂本龍一が自前のアープを使って劇音楽を付けた、NASAサウンド・ドキュメンタリー『宇宙〜人類の夢と希望〜』が聞き物だろう。



■デモンストレーション
 拙著『電子音楽 in JAPAN』にも出てくるように、冨田勲が71年に最初にモーグIII-Pを、神谷重徳がアープ2600を買ったとき、彼らを途方なく突き放したのは、現在のようなシンセサイザー・マニュアルが存在なかったこと(配線図のみ)。ギターやヴァイオリンにだって奏法マニュアルがないように、体験的にその操作法を身につけていったわけだが、それでも彼らのガイドになったのは、実際に作った音のサンプルを収録したレコードが付いていたこと。ディーラーが販促用に用意した非売品のレコードは、それぞれの名機に作られており、それらの「音の資料」を小生はずっと集めてきた。シンセサイザーの写真、配線図、実機のコレクターは数多くいるが、デモ・レコードに特化した収集家というのは珍しい。普段ほとんど聞く機会のない、これらデモンストレーション盤を集めてみたのがこのコーナー。なにしろ高価だった楽器を買わせるためのツールなわけだから、市販されたシンセ・レコードよりも内容の密度が濃いこと。モーグ用はウォルター・カーロス、アープ用はロジャー・パウエル、EMSはデヴィッド・ヴォーハウス、ローランド用は佐久間正英と、開発スタッフ、モニターとして関わっていた大物の未発表曲を収めているなど、聞き所も多い。
 まずはシンセサイザー以前の電子楽器として、オンド・マルトノRCAミュージック・シンセサイザーの案内レコードを。後者は55年に完成した、後のシンセサイザーとは別原理のコンピュータの音声合成実験の解説レコード。英語版はよくDJが音ネタとして使っているが、日本ビクターが制作した日本語版はかなり珍しい。ほか、黛敏郎電子音楽によるこどものためのダイス・ファンタジー」、一柳慧がミュージック・コンクレートとジャズを書いている「耳で聞くステレオ・テスト・レコード」など、ハウツー、実用モノの中にも時代の前衛の波を伺わせるものも。
 海外のシンセサイザーのデモレコードからは、モーグIII(ウォルター・カーロス)、ミニ・モーグ、アープ2500(ロジャー・パウエル)、アープ・ソロイスト、アープ・アヴァター、オーバーハイム、EMS(デヴィッド・ヴォーハウス)、リリコン、シンクラヴィアIIなど。前回のイベントの後に入手した、フェアライトCMI II、フェアライトCMI III、アープ・オデッセイ、アープ・オムニなどは初公開となる。
 国産シンセサイザーにはメーカー制作のものはほとんどなく、輸出販売用として現地のディーラーが作ったものが数枚見つかった。アメリカ産のミニ・コルグ、マキシ・コルグスウェーデン制作のローランドSH-1000など。日本でも市販品になるが、佐久間正英監修の『シンセサイザースタディ』(3枚セット)という、ローランド機材を使ったデモ・レコードが存在している。おそらくメーカー発行レコードの最初の1枚と思われるのは、井上鑑制作のヤマハDX-7の7インチ。まだアナログ・シンセサイザーが主流だった時代のデジタル第1号だったこともあってか、FM音源蒸気機関車の効果音などをていねいに再現している、アナログチックなデモ内容がちょっと笑える。



■効果音レコード
 番組開始10周年記念でレコード化された、77年リリースの大野松雄鉄腕アトム/音の世界』は効果音のみを収めたレコードで、当時のアニメ関係のレコードとしては異例のものだった。あくまで記録としてのリリースだったものの、こういったネタ盤は珍しかったため、高校の放送劇やテレビのバラエティ番組などでも頻繁に使われたとか。実はアイテム数は少ないものの、このような番組がらみの効果音レコードというのはノベルティとしてリリースされており、どれも6ミリテープ変調を駆使した、一種の電子音楽的手法が聞き所になっている。
 まずは昨年、マスターテープからの初CD化を果たした大野松雄鉄腕アトム』をダイジェストで。続いて、『鉄腕アトム』のスタッフの一人だったアオイスタジオ出身の柏原満『宇宙戦艦ヤマト』、東映動画タツノコプロの大半の音を手掛けたイシダ・サウンドサウンド・オブ・アニメ』(著作権の関係で使用番組は未記載だが、『機動戦士ガンダム』『鋼鉄ジーグ』などが素材のよう)、改名したフィズサウンド・クリエイション『機動戦士ガンダム』、東宝効果団『サウンド・エフェクト・オブ・ゴジラ』、京都映画録音部『必殺シリーズサウンドコレクション』、作曲家の渡辺宙明自身が自前のミニ・モーグを操作した『人造人間キカイダー』などなど。ほか、『仮面ライダー』『ウルトラマン』の変身シーンの効果音のみを集めた「へんしんレコード」というフォノシートもある。
 海外産では、SFサウンドのルーツ的存在と言われているのが、『宇宙家族ロビンソン』『シービュー号』などをプロデュースした、アーウィン・アレンの効果音集(非売品)。ほか、『スター・トレック』『アウター・リミッツ』、アニメーションのハンナ=バーベラ、「バックス・バニー」のワーナー・ブラザーズの効果音集などがリリースされている。効果音とはいえ、どれも電子音楽的イディオムにあふれた傑作素材ばかり。



■コンピュータ・ヴォイス
 前回のイベントはPerfumeブームにあやかったもの。ちょうどヴォーカロイドの新作リリースの時期でもあり、発売元のクリプトン・フューチャーメディアの協力をとりつけて、「鏡音レン/リン」の世界初のデモ演奏公開なども行わせていただいた。この3年の音声合成ソフトのリリースラッシュには驚くばかり。そこでも反響が多かったのが、「初音ミク」の技術のルーツにあたる、60年代にアメリカのベル研究所から歴史が始まった、コンピュータ・ヴォイスのデモンストレーション盤のコーナー。国家予算をかけた巨大なコンピュータがなければ、人間の声の再現もできない時代で、開発元は多くのデモンストレーション・レコードを配布して、広く資金提供を募っていたようだ。そんな黎明期のレコードには、今の「初音ミク」とは比較にならないほど稚拙でありながら、クラフトワークのお子様ヴァージョンのような可愛らしさがある。ボードレールの朗読などを収めたベル研究所の初期のレコード群、『電子音楽 in JAPAN』の取材でいただいた、音響研究では日本のリーディング・カンパニーだった日立製作所音声合成記録テープ、日本音響研究所鈴木松美が、北京原人豊臣秀吉などの写真、絵から声をコンピュータで復元するという『過去との遭遇』という珍品レコードまで。PCMのパーソナル化など夢のまた夢だった時代の、つたない実験の痕跡を味わってみてほしい。



 ……以上、主な予定コーナーをざっと上げてみた。これらを分けて40分づつのペースで講義スタイルにまとめ、間に休憩タイムなどを入れながら楽〜しくお届けできればと思う。書籍のほうに活字アレルギーを感じた方でも、サウンド+解説で振り返るスタイルなら、きっと楽しめるはず。特にモンド系、ラウンジ系、クラブ・サウンドなどに愛着があるリスナーは、ネタ探しのような気持ちでフラっと遊びにきていただければ幸いである。