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過去にはてなダイヤリーで連載してた連載コラムのアーカイヴです。

DVD市川準監督『会社物語』(松竹/12月23日発売)

会社物語 [DVD]

会社物語 [DVD]



 先日、生涯憧れながら生前の加藤和彦氏へのインタビューを果たせなかったことを書いたが、それでも週刊誌時代に13年間、珍しくずっとカルチャー担当をやっていた小生は、多くの憧れのクリエイターとお会いすることができた。昨日、注文していたDVD-BOX『Memories of 市川準』が届いたばかりの、昨年急逝された市川準監督もその一人。実は40を越えて、突然絵の仕事を始めたくなったのも、40代で突然監督デビューしてそれを将来の生業とした市川監督の影響がある。「タンスにゴン」、「三井のリハウス」などで俊英と呼ばれたCMディレクターから、突然の劇場映画への進出は、同じく助監督経験なしに監督デビューして自分の世界を確立していた、大林宣彦の軌跡を思わせたものだ。お会いしたのは第3作、いとうせいこう原作『ノー・ライフキング』(89年)のときに、女性向け就職情報誌『サリダ』で連載していた恋愛コラムの取材でのこと。あの笑顔で終始語られる、独特のムードに参ってしまった。森田芳光監督の撮った『キッチン』のあざとさに憤慨したという吉本ばななが、『つぐみ』(90年)では市川監督が撮るのを熱望したというほど、あの時代に市川準監督は、カリスマ的な人気を誇っていたのよ。取材テーマとなった『ノー・ライフキング』は、元々映画化が難しい題材。それまでレギュラーで音楽を務めていた、市川映画のムードを決定づけていた音楽の板倉文が事情で関われなかったこともあり(主演女優の鈴木さえ子が音楽も兼任)、仕上がりは評価の難しい映画になっていた。しかし、原作にはない最後の長いロケーションカットや、オウム事件などを連想させるエピソードなどを盛り込んだ意欲作で、後にテリー・ツワイゴフ監督『ゴースト・ワールド』を見たときに、ああいったマジック・リアリズム的なものを狙って果たせなかったのではと思ったりした。後年、これまたシュールな原作を材にとった村上春樹の『トニー滝谷』でそのタッチは完成され、市川流のマッドな世界が発揮されることになるんだけど、ワタシは山田太一が小説で発表した『飛ぶ夢をしばらくみない』とか『異人たちとの夏』とか、ああいう理性的な作家がときより「撮らざるを得ない衝動」に駆られて撮った不条理的な作品にとても弱かったりする。
 今回『Memories of 市川準』と同時に、『トキワ荘の青春』などいくつかの作品が初DVD化を果たすのは嬉しい限り。拙宅にはレーザーディスクで出ていた市川作品が何本もあるんだが(『ノー・ライフキング』はかなりレアかも)、特にその中でも気に入っていたのが『会社物語』だ。サラリーマン演劇でおなじみ劇作家・鈴木聡が長年温めてていた、「クレイジー・キャッツ主演映画をもう一度」の思いが実った本作は、無責任男シリーズの「その後」を現代のファンタジーとして描いた奇跡の一編。植木等の素敵すぎる役柄が時代を駆け抜ける、戦後50年の精神的に豊かだった時代の総括と、ワタシの大好物である「音楽もの映画」の見事なコラボレーション。伊東四朗の「タフマン」CFのセルフ・パロディーが登場したり、キリング・タイムの代表曲「日没」の新しいヴァージョンによるエンディングなど、初期市川準仕事が総括として見事に結晶化されている。『会社物語』というタイトルは、監督の敬愛する小津安二郎のもじりのようで、実は本作をターニングポイントに、これ以降の作品は昭和の名画を思わせる作家路線へと転じていく。実はワタシ、市川ファンでありながら、後のモントリール、ロカルノで絶賛された作家主義的作品よりも、商業主義と折り合い付けていた初期のころの作品をいとおしく思っており、『会社物語』は特別な一編なのだ。そういえばデビュー作『BU-SU』も、板倉文が音楽やるというのがきっかけて観に行ったんだよな。アルバム『BOB』に収録されていなかった、キリング・タイム「奴隷の恩返し」が劇中曲で使われてたのに小躍りしたのを思い出す。
 『会社物語』は、これまたあの時代の傑作、滝田洋二郎監督の『僕らはみんな生きている』とセットになっている、日本の経済成長を支えてきた会社員たちにエールを贈った作品。ワタシがこれをみたのはフリーの時代で、後に会社人になるんだけど、実際の社員たちというのはここまで素敵じゃないんだな(笑)。市川監督を含め、実は会社務め経験のほとんどない人々が作り上げた、これは大人のファンタジーなのだ。当時問題化されていた東南アジアへの商社進出なども世相からみで出てくるんだけど、クレイジー・キャッツを脱退した石橋エータローが、ここでちょっといい配役を与えられてたりする。今回のBOXのブックレットを読んで、ハナ肇との撮影はけっして順風満帆には行かなかったことが書かれていて意外だったけれど、ワタシにとってこれほど多幸感に包まれる映画はない。晩年からファンになった方には「もっとも知られていない市川作品」というから、信じられない。とにかく、音楽映画好き、キリング・タイム好きは観ると涙がチョチョ切れるよ。