POP2*5

過去にはてなダイヤリーで連載してた連載コラムのアーカイヴです。

「Cubase4」が年末に到着。「初音ミク」など、近年のDTM環境について雑感を記す。

Cubase 4

Cubase 4

 年末ぎりぎりに、件の「Cubase4」アップグレード・キットが届く。「Cubase4」についてご存じでない方に説明しておくと、DTM界において、プロアマ問わず使いやすさで主役の座に上り詰めてきたドイツ産のシーケンサー・ソフト。その独特なシーケンス・モードの設計から「ループ音楽向けシーケンサー」などという蔑称を預かっていたDAWアプリだが、ソフト・シンセ時代到来を見据えた規格「VST」の搭載でシェアを大きく広げ、特に「生録音を一切使わない」「ソフト・シンセで内部完結」で曲を作ることが多いテクノ系のアーティストの間で爆発的に普及していった。電気グルーヴ石野卓球氏や、capsule中田ヤスタカ氏らが使っているメイン・シーケンサーもこれである。
 かつて圧倒的支持率を誇っていた「Vision」のオプコードが倒産。Mac(プロユーザー)のみに向けて開発を続ける「Digital Performer」のおっとりとしたMOTUの開発ペースに業を煮やし、これらに代わるものとして、私の周りのアマチュアセミプロ・ユーザーの間でも「Cubase」支持者は増えてきた。ただし、プロスタジオ界ではApple純正の「Logic」が本格進出してきたり、ローランドの「Soner」を授業に使う専門学校も多かったりと、デファクトシーケンサーの座を巡っては、予断を許さない状況は続いている。「Cubase」の現在の販売パートナーは、日本最大手のヤマハ。実は数年前に「SX3」にアップして以来ごぶさただった小生は、スタインバーグ・ジャパン(カメオ・インタラクティヴ)に代わって輸入代理店になったヤマハに、今回の注文で初めてお世話になった。あのヤマハが「Cubase」をサポートするという構図だけで、オールドのDTMユーザーには隔世の感がある。
 小生は、オーディオが初搭載されたOS9時代の「Cubase 3.0」からの付き合いになる。しかし、鍵盤入力部分が「Vision」「Perfomer」とはまったく異なる概念で設計されていたために、ウチでは常にセカンド・シーケンサーとしての座に甘んじてきた。昔からユーザーの間で問題視されてきたのが、「Cubase」のステップ入力モードにおいて、タイ/スラーの入力コマンドがないこと。過去のシーケンス・ソフトでも、比較的使用頻度が高いこのコマンドがないことが、「Cubase」普及の大きな妨げになってきたと言っていい。これまでも「Cubase」をヴァージョンアップする度に、それが改善されたかどうかがユーザー間でまず話題となってきたもんだが、今回も一分の期待を込めて、到着した「Cubase4」を試運転してみたものの、やっぱり以前のままであった(笑)。
 以前、本国のスタインバーグにユーザーが問い合わせしたときのログを読んだことがあるが、これについて設計者は「対応する予定はない」と回答していた。「Cubase」のMIDI入力モードは、メーカーいわく「すでに完成されている」ものとして、何世代か前から基本的にずっと設計が変わっていないのである。この姿勢は、呆れるを通り越して頑固すぎると思うほど。しかし、その後「Ableton Live」のようなまったく別の概念のシーケンサーが登場し、それがDJユースの標準アプリにまでなってしまうと、「シーケンサーのあるべき姿とは何か?」という問いかけも、時代とともに風化していくものなのかもと実感してしまう。実際、「Cubase」はそのぶん、オーディオの進化に技術を注いできたわけだが、複雑化しがちなMIDI部をスッパリと切り落としたことが、案外「Cubase」支持者を集めた理由なのではないかとも思ったりして。
 かつて社長の川上源一がヤマハの最初の普及型シンセサイザーCSシリーズを出したとき、「フィルターが発振するものなど楽器ではない」と言って、モーグのように発振しない12dbのVCFを採用したという、まことしやかな伝説というか、有名なウワサ話があった。そんな都市伝説まであるほど、厳格なイメージで知られていたヤマハが、この少々クセのある「Cubase」を自社のデファクトシーケンサーとして採用したというから、よけいにその思いも強まってくる。


 さて、前置きはここまでにして、さっそく「Cubase4」を試運転してみた雑感を書いてみたい。インストールしてすぐに「4.1」にアップデートして、現在使ってみているところ。今回はあくまで、デュアル・コアに対応した12月の「4.1」リリースのタイミングに合わせての購入なのであるが、「SX3」からいきなり「Cubase4」にアップグレードした私には驚くことが多かった。「Cubase4」ユーザーには何をいまさらと言われるかもだが、私のように「Cubase」を旧世代のまま放置しているユーザーは案外多いと思うので、同輩へのガイドとして書き残しておくのも悪くないだろう。
 購入の最大の決め手だった、4.1から搭載された「移調トラック」は、私の思惑をパーフェクトに満たすものであった。前に紹介した通り、曲の任意の箇所で全トラックを一斉に移調するためのコマンド(専用トラック)で、基本的に「C」なら「C」のキーでコード・ポジションさえ覚えてしまえば、トランスポーズでなんとか転調作曲ができてしまう。過去に作って放置してあった、なんちゃってハウス風の曲の断片を鳴らしながら、サイクル・ループで曲の長さをガンガン付け足して、ガンガン転調していくと、なるほど小室哲哉風の曲が一丁上がりという感じ。これまでも既データをコピペして音階を上下してやってみたことはあるけれど、それなりに作業は面倒だったので、ヴァースごとに全トラックを一発でキー・チェンジできるのには、さすがに感動を覚えてしまった。だって、ヴォーカルやギターみたいなオーディオ・データも、矢印キーでポンとキーを上下するだけで、MIDIトラックに追随して移調しちゃうんだから。
 ただし、プラグインまわりは大きく設計が変わってしまっていて、旧世代プラグインはブリッジを介して動作させている仕様のよう。ウチの別のデスクトップのOSXマシンで動いていた「SX3」用のプラグインのいくつかが、「Cubase4」では認識しなくなっていた。まず、Carbon系はまったく動作せず(インテルマシンなんだから、あたりまえか)。この段階で、過去のなじみの数多くのプラグインとおさらばしなければならなかったのは辛かった。テクノポップ世代にとっては、TR-808TR-909などの名器をチューンナップするような感動が味わえたリズム音源モジュール「Attack」(Waldorf)も認識せず。開発終了してしまった本国のアーカイヴを見ても、最新版のパッチは公開されていない。市販されているオールイン・ワン版『Waldorf Edition』のパッケージには「ユニバーサル対応」と書かれているんだけど、使いたければ新規でこれを買えということなのか?※(とりあえずシモンズ、エレキット系はLinPlug「RMIV」のオシレーター・セクションで代用することに)
 問題はヴォコーダー・ソフトについてである。古くからの「Orange Vocoder」(Prosoniq)ファンの私は、これが使えない環境に初めて陥って、長年の友を失うような気持ちであった。ちなみに、ダフト・パンクや中田プロデュース・ブームの昨今でありながら、お店で聞いてみたらヴォコーディング系プラグインの単体パッケージはどこでも現在は扱いがないという。調べてみたら、最新環境のOSX版で動作するのは、VirSynの新製品「MATRIX」と、海外製で日本での取り扱いがない「ELS Vocoder」(Eiosis)ぐらい。ヴォコーダーって流行ってないのかな。いろいろデモを聞き比べてみて、小生は結局「ELS Vocoder」のダウンロード版を購入することにした。「Orange Vocoder」がローランドVP330系の艶のある繊細な音がしていたのに対し、「ELS Vocoder」はクラフトワークやELO、テレックスが使っているゼンハイサー社のヴォコーダーみたいな豊かな低音域に特徴がある。少し音の主張が強すぎるところがあり、さりげなくコーラスに使うのには向かない感じかも。
 ちなみに「Cubase SX3」時代に標準搭載されていた純正のヴォコーダープラグインは、残念ながら「Cubase4」では割愛されている。ただし、念のためウチの古いマシンのプラグイン・フォルダから引っ張ってきて入れてみたら、ちゃんと「Cubase4」でも動作したので、シングル・マシンで使っていて「Cubase4」にアップグレードする予定がある人は、旧フォルダのプラグインを複製しておいて後から入れ直せば、ちゃんと使えるのでご安心を。あれを割愛したのは、スタインバーグのほうでヴォーカル・モディファイ用の単体パッケージを出す予定があるということなのかな?
 それと「SX3」をデュアル・コアマシンに仮インスコしたときは認識していた、スタインバーグのハーモナイザー系プラグインVoice Machine」がダメだったのには落胆した。これで、なんちゃって中田サウンドをインスタントにやろうと思っていたアテが外れてしまった。ちなみに『DTMマガジン』によると、中田氏がPerfumeなどで酷使している、ヴォーカルの強制キー・クオンタイズみたいなモディファイに使用しているのは『Auto-Tune』ではなく、同じアンタレスの『Harmony Engine』らしい。『Harmony Engine』は少々高めのソフトだから、そのためだけに買うのは気がひけるなあ。ちなみに「Voice Machine」を復活させるには奥の手があって(OSXの場合)、「Cubase4」で作成したファイルを選択して、ファイル>情報を見るから「このアプリケーションで開く」のリストを表示させると、「Cubase4」と並んで「Cubase SX3」が現れるので、これを選択するとなぜか「Cubase SX3」が立ち上がって旧環境で使えるのである。デュアル・コアに完全対応してないから、あくまで避難的な使い方だが、ちゃっちゃって感じで「Voice Machine」で作業して書き出してしまえば問題はなさそう。しかし、これは私がいろいろやってみて発見した邪道なので、他の環境の人がこのやり方で旧世代「Cubase」を起動できるかはわからない。各自試してみてくだされ。

VOCALOID2 HATSUNE MIKU

VOCALOID2 HATSUNE MIKU

 話はここで終わるつもりだったが、最後に「初音ミク」について訂正を少々。Bootcampでウィンドウズ環境が使えるようになったマイマシンで、さっそく「初音ミク」を使ってみた。思ってた感じに歌わせるのはそれなりにコツがあるようで、改めてニコニコ動画に投稿している皆様の“調教技”に敬服してしまった。実は、Mac用としてずっと使われてきた「VocalWriter」で、これまでも実際にローマ字配列でなんとか日本語で歌わせてきたことのある私なのだが、ちょっと勝手が違う感じなのである。その謎が、『DTMマガジン』別冊『初音ミク』の開発者のインタビューを読んで判明した。「初音ミク」の人声フォルマントの再現って、ベル研究所などで開発されてきたフィジカル・モデリングではなくて、膨大なサンプリング・データを呼び出す方式なんだな。同じ日本語で歌う技術といっても、10年前に出ていた初代Vocaloidとも言える、フィジカル・モデリング方式のヤマハプラグイン・ボード「PLG100-SG」とは、設計自体まったく異なるのである。
 例えば、「Cubase」用としてリリースされている、「Virtual Guitarist」という有名なギター系プラグインがある。シーケンサーでテンポ指定して曲を走らせながら鍵盤でコードを入力すると、膨大なライブラリから、そのコードの音声ファイル(テンポ同期するRexファイル)を一瞬で探し出して、あたかもギタリストが演奏しているようなカッティング演奏が再現されるというもの。いわばこれと同じで、入力した50音のカタカナデータ+音階情報から、それに該当するオリジナル声優の声がサンプリングされた音声ファイルを、瞬時に呼び出して歌わせるという仕様なのである。ベル研究所にルーツがあるというより、ギャグのつもりで話題に取り上げていた、アイドルの小川範子が喋るPCエンジン用ゲーム『No・Ri・Ko』の発声原理の進化形と言ってもいいのかもしれない。これは子音と母音がセットになって音節が成り立っている、シンプルな日本語ならではの仕様なのだろう(成り立ちがラテン語、ゲルマン語などのミクスチャーである英語の場合、用意するリファレンスは膨大になるらしい)。その「あ」「い」「し」「て」「る」という音単位を、あたかも自然に歌っているようにモーフィングしてつないでいくところに、Vocaloid2のために考案された新技術が発揮されているのだ。「初音ミクに英語で歌わせることができない」のは、そういうふうに発声原理が日本語のために独自設計されたものだったからなのね。前回のコラムを読んだ皆様、改めてそこんところ訂正させていただく。

(ちなみに、今回テストしてみたのは、2GHzインテル・コアデュオのMacBook、Mac OSX10.4.11環境である)


※「Attack」(Waldorf)はスタインバーグの配給が終了した後、オールイン・ワン商品『Waldorf Edition』収録の一プラグインとして開発元のWaldorfで現在も扱われており、ユニバーサル対応の最新版は本国のWaldorfのホームページからダウンロードで入手可能とのこと。ご指摘いただきましたので訂正しておきます。