POP2*5

過去にはてなダイヤリーで連載してた連載コラムのアーカイヴです。

誰でも上達する! POP2*0的「マンガの描き方講座」PART2

 やむを得ぬ事情があり、年末から突如復活したこのブログ。更新をサボっていた2ヶ月間、何をやっていたかとよく聞かれるのだが、単に本業で忙しかっただけでありまする。編集者生活20年目にして単行本の編集は未曾有の体験なので、とにかくなんでもやってました、ホントに。先日なんて、使い慣れないエクセルで一気に120個もグラフを作って、そのトリートメントで一晩中エンドレスの無限地獄に。これも出版不況の波をモロ受けた予算削減のためで、図版を外部イラストレーターに発注できない台所事情によるものなのだが、それでもへこたれないのが私だ。『電子音楽 in the (lost)world』のときだって、半分以上のジャケ写の撮影は孤独に一人で、わんこそばみたいにデジカメで撮ってたわけで。というか元々凝り性だから、全部自分でやんないと気が済まない性分なのね。脳科学研究のレジュメをシコシコつくったり、大物AV女優にインタビューでお会いしたり、音楽評論家のO氏とディープな業界話を交わしたり、毎日金田一耕助のDVDばっかり観たり(あ、これは趣味か)……いずれ昨年末の仕事のモロモロは、ここで勝手に宣伝させていただくのでヨロシクなのだが、そういう本業とは別に、アルバイトでやっている作家活動のほうでちょっと面白い体験をしたので報告しておこう。
 以前からここでボヤいているように、音楽ライターの仕事はもうかりまへん。優秀な先輩の方々は、素晴らしい教養を武器に大人のロックな仕事をされているのだが、マイナーな音楽ばかりに入れあげている私じゃ、書き物だと商売になりませぬ。現に拙著『電子音楽 in JAPAN』も『電子音楽 in the (lost)world』も面白いぐらい売れてない、ホントに。値段が高いからしょうがないのだが、売れなそうな本ほどリスクヘッジのために単価を上げなければならない悪循環があって、アマチュア音楽ライターの超えられない壁を日々感じている。同じマニアックなディスクガイドでも、某オルガンバーの先生の本は2万部も売れてるらしい。書店の営業マンが「著名作家やブランドものしか本は売れない」とボヤいていたけど、それはニッチな音楽本の世界も状況は同じなのだな。
 して編集者生活20年目の昨年、次のフェイズへと脱皮を謀るために、個人的なコネクションを駆使して、ちょろっと挑戦してみたのがマンガ原作の道。「マンガなんか読まないだろ、お前は」というウルサイ外野の声が聞こえてきそうだが、まあまあ静粛に。昨年は『Nana』『のだめカンタービレ』『デトロイト・メタル・シティ』など、ヒットした人気マンガに、音楽をトリガーにした作品が多かったのはご存じの通り。それで柄にもなくマンガを読ませてもらって久々に啓発を受け、であれば私を使ってよと、そっちの業界にスリスリ近寄ってコネ開発に力を入れていたのだ。で、結果から記すと、どのギョーカイも楽じゃありません……。ウチら活字の世界からすれば、不況でマンガが売れてないって言われても単行本の刷り部数はヒトケタ違うわけで、まだまだ伸びしろのある世界。テレビ局の深夜枠も、通販番組や自治体宣伝番組みたいな買い取りになったおかげで、現在は週に100本もの新作の連続アニメをやっているらしい。その供給過多を支えるために、ハードSFなラノベからマイナー出版社のオタク向けマンガまであらゆる分野の作品が乱獲気味に映像化されていて、それでもまだ原作が足りない現状があるらしい。などなどの状況を聞いて、さっそく思いつきのネタを携えて、某雑誌の某マンガ編集者に相談に行ってみたのだ。

 もっていったのは急ごしらえな短編のメモで(上の図版はその抜粋)、ウェブ2.0時代に盛り上がってるとあるネット・サービスをネタにした、かなりトリッキーなSFもの。冒頭の数ページをざっと絵コンテに起こして、大まかなプロットはワープロ打ちしたものを見せてみたのだが、相手のリアクションは予想を超えて渋い!……曰く「話が難しすぎね?」。うーむ。前に手塚治虫について書いたエントリーでも触れているように、私が基本的に箱書きでストーリーを考えていくタイプなので、物語を淀みなく進行させるための犠牲として登場人物がただの狂言回しになっていて、「キャラクターが動いてない」と、こうなのである。それといただいた助言はもう一つある。原作者には文字でシナリオやプロットを書く脚本家タイプと、大まかにコマを割ってキャラ配置ぐらいまで絵で指定するヴィジュアル志向タイプと、大きくわけて2通りいるという。絵コンテに慣れている私は後者で、けっこう微細にコマ割りをして見せたのだが、氏いわく「これぐらい描けるんなら、原作だけじゃなくマンガにしなはれ」というのである。実はマンガ界における独立した原作者の存在は、いまだ不確定なものだという。『PLUTO』など浦沢直樹作品でチームを組んでいる、出版プロデューサーの長崎尚志氏のような例は一握りで、しかも原作のみならず、作画担当の浦沢氏のパート以外の、売り込みやら版元とのネゴシエーションやらのすべてを引き受ける裏方も原作者の仕事なのである。よく考えりゃ『週刊少年マガジン』が見事に復活したのも、マーケティングに長けた社員編集者に原作を書かせる方針が実を結んだわけだし。新潮社の『コミックバンチ』なんかは、ストックオプションみたいに社員に編集印税がもらえるシステムがあって、編集者がプロットを書くことを推奨していると聞いたことがある。第一線で活躍している小池一夫大先生とか、独立してマンガ原作者で稼いでらっしゃるのは、たしかに昔からメンツが変わらないベテランの一握り。『DEATH NOTE』みたいなケースもあるにはあるが、この原作者の人は元マンガ家らしく、あまり絵がうまくなくて大成しなかったこの人に、ストーリーの独創性を買って原作仕事に専念させたら、あれだけのヒットになったという珍しいケース。皆さん、マンガ業界にずっとお住みになりながら、いろいろ苦労に苦労を重ねて、今日のポジションを築いてこられたのね。門外漢の私が割り込み侵入して、歓迎される世界ではないのだ。それと思い出したのだが、アニメ原作で年商数億円稼ぐという某原作者を、以前週刊誌時代にインタビューしたことがあった。彼はテレビドラマ作家の梁山泊として知られる名門、青山シナリオセンター出身なのだが、在学中の成績は歴代でも最低レベルだったという。「こんなお話、まるでマンガじゃん」といなされた、荒唐無稽さやステレオタイプな設定、刷り込まれたアニメの悪影響による問切り型の書き割りみたいなセリフなど、すべての負の要素を、あえて自分の武器と自覚したことで、今日のアニメ界での地位を築いたというから逞しい。その話を聞いてると、映画やノンフィクションで培った創作能力って、そのままマンガ原作に利用できるってものじゃないみたい。
 名エッセイストの久住昌之氏みたいに、最近は原作者でもごく一部、自分でマンガを描く人は増えているという(エッセイなど、タイプによってだろうが)。映画『スウィングガールズ』の矢口史靖監督も雑誌でマンガ原作をやっていたが、出版されている『スウィングガールズ』の絵コンテ集も、素人絵がけっこう味になっていて、そのままマンガみたいに面白く読めるもんね。拙者の好きな岩井俊二も、『Love Letter』の時代からマックのハイパーカードを使って、色と音付きの絵コンテを描いていたことで有名だが、最近作の『花とアリス』に至っては、自身で単行本向けにコマ割りして、長編マンガとしてきちんと発表されたりしているのだ。まったく絵が苦手なわけではないが、パースを研究したり背景を描いたりするのはさすがにおっくうな私。凝り性と呼ばれるB型だけれど、型にはめられるのを嫌うのもB型なのだ。しかしながら“平成の青木雄二”とでも銘打って、40歳超えてからマンガ家デビューも悪くない。最近は本業を辞めずとも、片手間で商業誌にコンスタントに作品発表している兼業作家さんも多いと聞くし。それで、件のマンガ編集者のアドバイスを聞いたその足で、「マンガの描き方」みたいな本をごっそり買ってきて、日々研究中の昨今なのだ。どうなるかはわからんが、それも人生。気の長い話ではあるが、かつての映画監督の夢をこういう形でスパークさせるのも悪くないだろう。
 今回、実はその研究過程で、ちょっとオモロイものを知ったので、それについて描こうと思う。以前からヘッダに自作のヘタ絵を載せていたが、私の部屋が人が住める状態ではないために、もっぱら深夜のファミレスなどで描いていた。素人が深夜にシコシコイラスト描きに精を出す姿など怪しい限りなんだが、ウェイトレスにチラチラ見られたりして、これもよろしくない。それに、消しゴムかけがどうもウンザリなのだ。細かく描き直したりという消しゴム作業が昔から大嫌い。だいたいいつもイラストやコンテ作業はほとんど一筆書きに近くて、下書きして描いたりするタイプじゃない。ゴミが出て手が汚れるのが精神衛生上イヤというだけなのだが、それが最大の理由で、私は美大やアート・スクール行きを諦めたっていうぐらい。それで「パソコンで簡単に絵コンテ描けるソフトってないかな」と思ってリサーチをしてみたときに、『Comic Studio』というソフトに出合ったのだ。

 実は私、このソフトの名前は以前から知っていて、週刊誌時代に記事で紹介したこともある。毎年アスキーが主催しているマルチメディア・コンテストというのがあって、そこで数年前に確かグランプリを取っているソフトなのだ。これは、マンガ描きに特化したドローイング・ソフト。カメラマンならアメリカ産の『Photoshop』とか、音楽業界ならドイツ産の『Cubase』というふうに、各ギョーカイでデファクトとされているアプリケーションというのがあるんだが、その多くは海外製。ところがこれは珍しく、純国産の開発ソフトで、パソコンを使う日本のマンガ家の間ですでにデファクトとなっているツールだと言う。例えば、先に例を出した岩井俊二花とアリス』などで、ロットリング風の平板な線使いを、スクリーントーンという網模様のシートを貼ることで、絵に立体感や奥行きを与えたりする小技がある。いかにも素人風のごまかし術なのだが、そういうのを『Photoshop』などの既成のソフトを使って、ペンやバケツツールで網掛けしたりするのって、実はすごく作業がめんどくさいのである(ウソだと思ったら、やってみそ)。そういう不満話は以前からプロのマンガ家から出ていたらしくって、であればとマンガ発祥国である日本のソフトハウスが立ち上がり、マンガ家が原稿を仕上げるまでの人間工学(サイコロジー)に即した、専用グラフィックソフトができないものかと研究して完成したのが、この『Comic Studio』というアプリなのである。
 私が探し求めていたような絵コンテ専用ソフトではないのだが、マンガ用の原稿用紙などがテンプレで入っており、四コママンガ専用紙や絵コンテ用紙も入っている。本格的なプロマンガ家が仕上げまで使える多機能ぶりではあるが、素人が絵コンテのために使ってもダメじゃないし、機能は至れり尽くせり。ありがたいのは、値段が1万円もしないこと(ハイエンドのプロユース版でも4万円ぐらいで、基本機能は同じで入っているスクリーントーンの種類が多いぐらい)。ワコムタブレットが必須なのではあるが、一番安いやつで十分なので、占めて1万8000円ぐらいの出費で済む。これをインストールして立ち上げると、専門のマンガ原稿用紙のテンプレートが立ち上がる。めんどくさいコマ割りも、フリーハンドでなぞると2本の平行線が自動的に描かれて、まるでプロっぽいカラス口の味。そこにザクザク「マル描いてチョン」みたいにキャラクターを埋めた後、吹き出しもわざわざ描く必要はなくて、テンプレート化されたものから選ぶだけ。セリフもワープロ打ちで縦書きで埋めていけるし、効果線をシャッシャッって引くための、製図用の雲形定規みたいな機能も付いているのだ。最大のウリは、本物を買うと結構高いスクリーントーンがヴァーチャルだから無尽蔵に使えることで、種類も過不足なく入っているし、これを貼り込む作業がいたって簡単。昔、奥平イラや岡崎京子の時代に流行ったニュー・ウェーヴ・コミック風に、線とトーンのカッティングをズラしたりすることも容易くできる。このへん、マニュアルレスで感覚的に操作できるのが特徴で、人間工学的にすごく洗練されているのだ。賢いのは、このスクリーントーンベクターデータになっていて、サイズを変更してもモワレがでないこと。それだけでなく、原稿用紙上で描かれた線画はほとんど、ビットマップとベクターデータの両方の特性を兼ねていて、書き味はビットマップなのに、書き上げた後に線を太くしたいなんて場合の操作はベクターデータのように自由な変形ができるのである。逆にスクリーントーンベクターデータなのに、本物のトーンみたいにカッターで削るみたいなこともビットマップ感覚で可能。さらにこれのハイエンド版になると、デジカメで取り込んだ写真を線画に変換して、まるでアシスタントが描いたような背景データにしたり(ため息が漏れるほど、これが賢い)、美大生が使うポーズモデルみたいな関節が動く3Dのバーチャル人形が中に入っていて、これをディスプレイ上で自由に動かして、描くのが難しいポーズなどをトレースすることもできちゃう。うむむむ、これは見事に完成されたアプリなのだな。
 まあ、本格的に使いこなすことは永遠にないだろうが、ざっと描いてみるとこんな感じ(図版下)。自分のネタはおはずかしいので、これは「漫画の書き方」本のページを練習用に模写したものなのだが、それなりに見れるものになってると思う。

 さすがに最初はペンタブレットで描くのは要領を得なかったものの、描いていくウチにコツがつかめてきて、ブログ再開後のヘッダのイラストなどは『Comic Studio』上で描いたものである。描けばだれでもうまくなるはずで、少しは上達したんじゃなかろうか。
 して早速、私は便利なツールを手に入れて、新たな作劇法にトライし始めた。これもプロのアドバイスなのだが、ヘタに箱書きしてストーリーをぎちぎちに埋め込んでいくのではなく、魅力的なキャラクターと周辺人物を先に創造しておくことで、キャラクターを対比させながら自然なストーリーを演繹法で紡いでいくやり方が、今のマンガ界ではもっとも適しているらしい。キャラクターが作家の手を離れて、自由に動くようになれば成功という話である。実際、ダラダラした話をアドリブでつないでいきながら、キャラクターを誌面で遊ばせて、決まったページ数でかっちりオチを付ける才能こそがマンガ独自の作劇なのだそう。そこで、まわりにあった書棚のスタイル誌や映画雑誌、買ってきたコミックなどを参考にしながら、とにかくたくさんのキャラクターを作ってみた。次回はその思いつくまま描いたキャラクター群のストックを、百面相感覚でここで紹介してみたいと思う。
 ……しかし、珍しい展開のコラムになってしまったな(笑)。こんな実践的じゃない「マンガの描き方」入門があるんだろうか……。