POP2*5

過去にはてなダイヤリーで連載してた連載コラムのアーカイヴです。

クレーマーの行動パターンに関する悲喜こもごも。

 昨日オンエアされた『報道特捜プロジェクト』(日本テレビ)の「イマイが暴く!」のスペシャルが面白かった。これは月一で土曜日昼に放送されている、特集中心の報道番組の人気コーナーの一つ。架空請求振り込め詐欺、違法な海外宝くじ業者など、ダイレクトメールで甘い誘いをかけ、かかってきた電話相手を脅して振り込みを促すという新手の詐欺がある。最後まで正体を隠蔽しているその相手に対して、しつこさがウリのイマイ記者が絨毯爆撃で電話しまくり、あの手この手の策で社会悪を糾弾していくというもの。電話のリダイヤル機能を使って、業者がクタクタになるまで毎回追いつめていくのだが、やがて相手も降参して電話が不通となり、事実上、詐欺商売から退却させてしまうまでの行程を、毎回ドキュメント形式で見せている。クレーマーとまるで同じ手法を使って、相手を神経衰弱に追い込むわけだが、最後は根負けして「お前は見所ある。いっしょにビジネスしないか?」などと逆スカウトされてしまうなどの、ポロッと人間性を出させたりするのが非常に面白い。そもそも、顔の見えない相手との対話が、消費者に恐怖の印象を植え付けさせるのがこの手の「振り込め詐欺」の罠なのだが、これは相手にとっても同じで、しつこい消費者からの「顔なき声」は、業者にとっても恐怖の対象なのだ。ところが、イマイ記者の声はマイルドで恫喝色も一切ないので、相手を怒らせるよりも、むしろ改心させるような効果を生むのが、このコーナーの人気の理由だと思う。
 週刊誌時代、ウェブの担当をしていた私は、トップページのメルアドから編集部に送られてくる多量のクレームを、まとめて対応するというのを日課にしていた。それ以前から私のいた週刊誌は、スクープ系ではないものの、やや挑発する特集企画が多かったために、クレームの電話のたぐいはしょっちゅうかかってきた。昔、関わった特集に市民団体の代表と名乗る人物から問い合わせがあり、最長で4時間ぐらいかけて編集部で電話で対応したこともある。いつも理路整然と対応していたのだが、私の声がわりと太くてマイルドなこともあって、相手を感情的にさせたり舐められたりすることもあまりなく、電話で応対したものについては、その場で問題解決することも多かった。だがネットが普及してからは、電話かけるのは躊躇われるような人でも、気軽にメールを送れるようになって問い合わせメールがグンと増えた。当誌に責任がある場合については、メールに書かれている電話番号にきちんと電話をし、迅速に対応しさえすれば大きな問題に発展することはなかったと思う。この業務を後輩に引き継いで、最初の大きなクレームがあった時も、返事をメールで送ろうとした後輩を静止して、かならず電話するようにと促した。メールの応酬というのは、かならず相手の言葉尻を捕まえた思わぬ論争に発展してしまうことが多い。いつしか、最初のクレーム内容から離れて、「対応が悪い」などと話をすり替えられてしまうのが毎度のオチだ。電話で話をすると、大事に対応してくれたことに誠意は感じてくれるし、なにより人間の声で謝罪を受けることの心理的な効果は大きいのだ。
 「電話で対応すれば、必ず問題は解決する」は、私が20年の編集者経験から学んだことである。しかし、少しシニカルな私の感情としては、この「誠意を見せれば許す」という消費者の態度に、なにか不純な印象を持つこともある。相手は誠実に対応してくれたことを評価しただけで、当初の目的だったクレームの解決にはなっていないのだ。そのクレームの内容から、相手に会えば別のネタももらえるかもというスケベ根性もあって、「では会いましょう」と毎回持ちかけるものの、たいていの相手が根負けしてしまって「誠実に対応してくれたあんたに免じて許す」と、おずおずと引き下がることばかり。安堵はするものの、「結局ヒマ人の相手をさせられただけじゃないか」とウンザリすることも多かった。
 これは余談だが、私がSNSがあまり好きではないのにも同じ理由がある。以前、友人からSNSに入らないかと招待された時に、こういうエピソードを披瀝してくれた。それまでその友人は、ある相手(著名な音楽評論家)のことを発言内容や仕事ぶりから嫌っていたのだが、たまたま同じSNSにその人物が参加しており、ミクシィのマイ・ミクに誘われたことがきっかけで、「実はいい人でさ」とコロっと評価が変わってしまったのだ。論理的に対立していたはずの相手と、直接の関係が生まれると繋がってしまうという安直さって何? これもすべて「自分を褒めてくれたら許す」っていう、自己愛から来るものなのか。そういう付和雷同ぶりが、日本人のウンザリする特質だと日頃から思っている私は、SNSがその増幅器になっているようなキモチワルサを感じてしまった。そこには、先のクレーマーの「誠実に対応してくれたから問題は帳消しにする」という行動と同質な、ただあるのは「自己愛のみ」という様が見て取れる。
 話がずれてしまったが、実は今回書こうと思ったのは、クレームについてである。今から4年前に新聞紙上で報道された、黒澤明の『七人の侍』のDVDに欠陥があり、即日回収されたというニュースを覚えてらっしゃる方もいると思う。実は私もDVD収集家の端くれとして、そのころ欠陥商品が多いことが気になっていた。軽く調査したところ、『ブラックホーク・ダウン』『地獄の黙示録』『ビバリーヒルズ・コップ3』『スタートレック・ジェネレーションズ』『ダイ・ハード』『惑星ソラリス』などなど。それまでの2年間に20タイトルが店舗向けに回収指示が出されていたというデータもあった。PL法が実施される前は、メーカーは消費者に対しては「開封したら返品不可だ」と冷酷に対応していたことも多かったと記憶しているが、現在では欠陥DVDが発生した場合、主に会社の信用問題に関わるという判断から、すべて返金に応じる形になった(ネットの書き込みから波及するのが一番怖いという話なのだろう)。しかし、DVD普及の黎明期とはいえ、それだけ多くのタイトルが事実として欠陥品だったとしたら、消費者からの対応などでとても仕事にならないはず。そこで、「なぜ欠陥DVDが生まれるのか?」をテーマに取材してみたことがあるのだ。
 DVDはVHSやレーザーディスクと違い、映像データと音声データを別々に格納しており、それがずれないようにソフトウエア上でシンクロさせるという方式である。以前『Love Letter』の初DVD化の際に、「映像と音が数フレームずれている」として監督の岩井俊二から回収指示が出たというという話を聞いたことがあるが、そうした問題が起こるのはDVDならでは。また、テレビ番組のような1秒30フレームのビデオ作品もあれば、一部の映画作品のように24コマのフィルムをそのままスキャンして1秒24コマで動作するソフトもあって、それが同じように観れるのも、DVD1枚1枚がいわば各々のプログラムで動く「パソコンソフトのようなもの」だから。ソフト・メーカーは権利処理や商品供給のプロではあっても、プログラムの専門家ではない。おそらく「何フレーム目で動作不良を起こす」「ページ切り替えで画面が止まる」などのエラーに、クレームの電話できちんと技術説明で対応できるメーカーはないだろう。実はDVDについては「DVDフォーラム」という規格統一のための組織があり、ソフトにDVDのロゴを使うための厳しい規約がある。実はそれ、ソフトウエアのみの統一規格にすぎず、ハードウエア団体をつなぐような組合は存在しないのだ。DVDの再生エラーは、先に言ったようにソフトウエア的な動作上で起こることなので、ヴァージョン違いで動作不良があるようなパソコンソフトと同じで、「特定のソフトとハードの相性によって起こる」限定的なケースも多い。DVDハードは、国産の高級品もあればアジア製の廉価なチップとドライヴを使ったものもある。専用機はもとより、パソコン+再生ソフトの組み合わせでも「DVDが再生できる」条件されクリアしていればDVDプレーヤーとして販売できるのだ。だからこそ、半導体メーカーはより廉価なチップ開発に邁進できるというわけ。だが、あらゆる互換性も想定して開発された厳密な専用機と、簡易的な再生機能を持たせただけの廉価商品とでは、ソフト不良作動へのハード的処理も当然違う。「欠陥DVDソフト」として認定されたソフトでも、まったく問題なく観れているというユーザーもいたりするのは、けっして製造ロットやプレス損じなどではなく、主に互換性の問題だと言われている。「DVDが調子が悪い」という状況になったとき、ソフトの問題なのかハードの問題なのか、あるいはその組み合わせで例外的に起こる問題かはユーザーには判別しにくい。ハード・メーカー間で厳格な規格を設けていれば、実はこのような相性の問題は軽減化されると思うのだが、ソフトウエア・メーカーのみにDVDフォーラムという組織があるだけ。よって、あらゆる再生エラーのクレームが、とりあえずソフト・メーカーに寄せらてしまうという矛盾があるのだ。
 実はその記事のために、私はある「DVD検査業者」に取材をした。取材当時、日本には2つしかない検査業者のひとつで、大手メーカーの大半のDVDのランテストをそこでは行っていた。DVDは先ほど言ったようにパソコン・ソフトのようなものなので、プレスされたディスクを、大手メーカーの主な再生プレーヤーをズラリと並べたフロアで、一つ一つ誤動作がないかチェックしていく。「途中で静止」などの様々なボタン操作や、メニュー画面のあらゆる操作分岐のすべてを一回動作させてみて、欠陥がないかクリアして、初めて商品として市場にリリースされるのだ(これをソフト・メーカーでやるのは無理だろう)。業務内容には「松」「竹」「梅」とコースがあり、動作チェックをするための機種数の規模も千差万別で、予算に応じて大手やマイナーメーカーいずれの要望にも対応していた。ゲームソフトの開発でも、“デバッグ”には実に開発費と同じぐらいの予算がかかるという話を聞いたことがある。おそらくVHS時代には一切なかった、DVDならではの検査予算が現在は計上されているのだろう。「映画の配給料金も高騰化しており、元々予算がない中で、商品化に無理があるものを、なんとか消費者のリクエストに応じてDVDでリリースしているような現状がある」というのがDVD検査業者の広報氏のコメント。つまり「欠陥DVD」が数多く生まれるのは、そうしたソフト・メーカーの自転車操業に理由があるという話だった。DVDソフトの特性上、どうしてもハードとの互換性がついてまわるから、ソフト・メーカーが最善を尽くしても「不備が起こるのを100%回避することはできない」というのが、プロの正直な意見であった。
 ところが、消費者は1%のエラーがあっても「商品として認めない」の一点張り。わずか1500円のDVD一枚のために、連日クレームの電話をかけてくる。普通に社会人経験がある人ならわかると思うが、1枚1500円のDVDを出すために、パーフェクトな設備で一部の隙もない完璧なものを作るなどとどだい無理。1500円という廉価価格で出すためには、実のところあらゆる犠牲が伴っている。私がいた週刊誌でも、内容が気に入らないので返金しろというクレームがよく来ていたが、300円の雑誌で返金を要求するというのは、消費者として度を過ぎている。このへんは、自身で見積もりを組んで「人件費ってかかるもんだなあ」などとボヤキながら低予算と格闘しつつ、日々製品を作っているというような、社会人経験のない人にはわからないことなのかも知れない。
 インターネットの普及がヨーロッパでももっとも遅れたイギリスでは、8割近くが広告で運営される無料プロバイダによってネットがつながっている(ホリエモンで有名になった「ライブドア」も、元々はイギリスの有名な大手無料プロバイダのひとつ)。無料プロバイダは、バナー広告などで企業から金を集める代わりに、ユーザーに無償でサービスを提供する広告モデルなのだが、これが普及したのはサポートの対応を省略したからである。普通の有料プロバイダの場合、電話サポートを500〜1000人体制にして対応しても、初心者やクレーマーからの電話がひっきりなしにかかってくる。そのテレホンアポインターの人件費がもっともコストがかかるもので、1000人体制にしたところで、実際かけている側は「何度かけてもつながらない」と思っていることだろう。とても月2000円程度の料金ではまかないきれない実情がある。そこで無料プロバイダは、タダで使ってもらう代わりにサポートの一切を排除した。「ある程度つかえるユーザーのみを相手にする」ということで、広告主からも、リテラシーの高く高所得者会員が多いという印象を受け付けることもできた。むろん、無料であるのにかかわらずヒステリックにクレームを付けてくる会員もいるらしいが、そういう人間の声には、同じ立場の消費者の反応も冷ややかだ。いやなら有料プロバイダに入ればいいだけのことで、「無料プロバイダにクレームを付けるなんて無粋である」と思われておしまい。フリーのメルアドで起こったトラブルについても、あくまで使う側の自己責任と考えるのが常人である。利便性と自己能力のバランスを考えて、使いこなすことができると判断すれば使えばいいということ。以前、日本でまだネット通販が普及していなかったころ、「クレジットカード決済すると、必ずパスワードが盗まれる」という迷信におびえている人が実に多かった。無論、パスワード詐欺のたぐいはあるが、使いこなしていけばある程度の事故は想定できるはず。学習すればわかることの線引きすら曖昧なユーザーが、「インターネットは悪の巣窟」などのヒステリックになっている光景をよく見かけたのだ。プライバシーもしかりで、自分の個人情報のうち、アンケート業者に明け渡しても構わないデータと、秘匿すべきデータがあるという見極めは、アメリカなら小学生でも知っている。それを、血液型が知られたレベルで「プライバシー侵害だ」などとヒステリックに言い出すのは度を超している。ある程度の個人情報を差し出すことで、サーヴィスを提供してもらうというのが、そもそもの無料ビジネスのモデルなのだから。
 以前、私がやった特集で、ネット・リテラシーの低い高年齢層に向けて、「電話すればサポートに必ず繋がるプロバイダなら、月額10000円でも入る?」と問いかけてみると、かなりの数の人が「あればそれでも構わない」と回答していた。もっとも、そのサポートを実現させるにはどれだけかかるかわからないが、「人件費が高く付くのはやむをえない」とする、富裕層向けプロバイダを求めるユーザーというのもいたのである。そこを履き違えて、無料プロバイダに「消費者として当然」とクレームを付ける人がいるから、社会人感覚が問われてしまうのだ。
 話をDVDソフトのメーカーの話題に戻そう。実は、中小のソフト・メーカーではわずか10人程度で年間50タイトルを出しているような会社も多い。社員が関わるのは主に権利処理で、ほかプレスも印刷も流通も、ほぼ外部の契約会社に委託できるからだ。だからこそ、DVD普及時当初は、エラーがあった場合など、その10人が電話の応対でてんやわんやの状態だったと聞く。しかし、今では消費者からのクレーム電話は、ある別の会社に繋がるようになっている。「字幕に誤植がある」といった問題は別として、先に書いたようにDVDの欠陥にまつわる話は、プログラム上の問題を含んでいるため、技術の知識の乏しい素人のソフト・メーカーの担当が応対すると、よけい話をややこしくしてしまうこともあるからだ。そうした諸問題すべてに対応するための「クレーム処理専門会社」というのが存在し、そこと契約しているソフト・メーカーも多いのだ。作っているメーカーにすれば、元々ない予算で無理から作っている意識もあるから、問い合わせに対して後ろめたさも生まれるだろう。そこを、私情抜きでドライに対応してもらうために作られた「クレームのアウトソーシング」である。消費者の問い合わせはそこで集計され、レポート形式で契約したソフト・メーカーに提出するというのが業務内容だ。「クレーム処理専業だなんてナンギそう」と私などは思うが、テレホンアポインターには備え付けのパソコンに接客マニュアルが組み込まれていて、たいていの苦情はその分岐プログラムで対応できるようになっているという。感情的なクレーマーがいた場合にも、相手が冷静になるようにし向ける方法がメソッド化されていて、この辺は、先の「相手の声を聞ければ納得するもの」に似た人間工学的な分析が裏付けとなっている。「クレーマーの行動は、身勝手に社会正義を掲げたような自己愛が動機付けになったものが多く、行動パターンは至ってステレオタイプ」と担当者が語っていたのが印象的であった。
 で、実はその「クレーム処理専門会社」というのは、先に紹介した「DVD検査業者」が行っているのだ。どちらが先でどっちがオプションと聞くと、これは同根でまとめてパッケージとして契約するのが普通なんだそう。DVDに関するテクニカルなクレームに対応するには、検査業者ぐらいの知識がないとダメという話。よく、優秀なハッカーが大手ソフトハウスに高額でプログラマーとしてスカウトされる話があるが、まああれと似たような話なのかな。