POP2*5

過去にはてなダイヤリーで連載してた連載コラムのアーカイヴです。

アタシの上を通り過ぎていった漢たちーー歴史の教科書に載っていない音楽ソフトを供養する

 私のストレンジな楽器偏愛話は、さらに続く。
 立花ハジメプラスチックス解散後、現代美術のイディオムを発揮していたソロ時代というのがあって、その中で特に私をいたく関心させたのは、アルプスシリーズという発明楽器群であった。アルプスという名前は確か、当時YENの所属アーティストの間で高山キャンプが流行していて、『アルプスの若大将』の加山雄三から取ったんだと記憶しているが、そもそも加山雄三自身が相当重病な楽器フェチである。彼のクルーザー「光進丸」の船中には、まだ日本には数台しかなかったフェアライトCMIがあるという、まことしやかな伝説があった。『宝島』時代に私は、加山雄三の事務所に正式に取材をオファーして断られているから、それは逆説的に「真実だった」という裏付けになるだろう。最近出た、ランチャーズを現代に復活させた“ハイパー・ランチャーズ”はきっと、その時代からの加山雄三のテクノ愛の所産なのだと思う(但し、未聴だが)。
 『電子音楽 in JAPAN』でも触れているが、常に過去の流行の“親殺し”によって歴史が上書きされてきたヨーロッパと違って、アメリカの音楽史というのはずいぶんあっけらかんとしていた。「発明狂時代」のスターだったエジソンニコラ・テスラら発明家が、パトロンになって作曲家を支援したりするような、独自の文化があった。そうした発明家たちとの交流があったからだろう。ヘンリー・カウエルなどの草創期の実験音楽家は、ひとつ新曲を書くためには、新しい楽器をひとつ発明することも厭わないというような、ダイナミズムを持っていた。音楽の誕生というものに、常にテクノロジーの進化が分かちがたく結びついていたのだ。そんなエピソードが、私の楽器偏愛をエスカレートさせたところがある。例えば、ゴドレイ&クレーム『ギズモ・ファンタジア』など、どうやって作ったのか想像できないような音がたくさん登場してくる。実際、焚き火のパチパチという音は、私もニクロム線を回転盤に取り付けて規則的に断線するような装置(←勝手な想像である)を作ってやってみたことがある。でもさっぱりダメで、急激な負荷が掛かってブチブチと耳障りなノイズを発するだけだった。だから、ずいぶんしてから、マッキントッシュ用のプラグインソフト「Pluggo」の中のパッチで、あれを再現できるのを見つけた時の喜びようったらなかった。
 私が初めてのマイパソコンであるマッキントッシュを購入したのは、90年のことである。広告代理店でアルバイトをしていた10代のころにMS-DOSはやったことがあったが、正面切ってパソコンに取り組み始めたのは結構遅かった。きっかけは、『宝島』時代に担当していた現代美術連載「ハイパー3」の執筆メンバーだった、佐俣正人(サマタマサト)氏と山本ムーグ氏(後にバッファロー・ドーターを結成)の影響である。当時のマッキントッシュの最大のキラーアプリと言われた「ハイパーカード」のスタックを見せてもらい、英文法風のコマンド文で簡単なプログラムが書けてしまうことに驚き、すっかり魅了された(また、マックの魅力はなにより、サウンドがすべてPCM=サンプリングだったこと。FM音源のパソコンなんてダサくってイヤだった)。このハイパーカードは、ミニコミを作っていた時代の私の理想と、自作楽器が作れるという楽器好きの私の理想の両方を体現していたのだ。買ったのは90年の確か夏で、秋葉原のユーマック(ソフマップ系列の中古マックの店)で見つけた。当時、中古のマックはまだほとんど流通しておらず、私が購入したIICXは中古で45万円もしたが、それでもまわりの友達には「いい買い物したな」と褒めてもらえた。
 有名な話だが、初期のマッキントッシュは、使用するパーツすべてを自社で製造していた。しかし、例外が一つだけあって、これが重要なのだが、スピーカーだけがボーズ社のOEMだった(笑)。だから開発者もユーザーもみな音楽方面にはうるさくて、MS-D0Sのパソコンにはほどんとなかった、音楽用のユニークなソフトがたくさんあった。私が本格的にパソコンでDTMを始めるのは、『電子音楽 in JAPAN』刊行後になってからなのだが、それでも当時はまだ、「なんだこりゃ?」と思うような個性的なソフトがたくさん出ていたのだ。そこで、このエントリーでは、今でもウチにある古いマックで生息している、往時の個性的な音楽ソフトを紹介してみることにする。
DAW系)

「Camps Pro v3」(Microworks)
http://www.mxw.com/mac3j/products.html
……これはウィンドウズでは「v4」が現役で売られているようだが、そもそもマックで誕生し、OS9で歴史を終えてしまったシーケンサー人工知能が付いていて、メロディーを鍵盤入力するとコードを自動生成してくれる、初めての本格的なものだった。老舗のソフトで「Band In A Box」というコード付けソフトがあるけれど、あれは膨大なリファレンスを呼び出すだけ。人工知能的にコード解析ができるアプリの登場というのは驚異的だった。当時、8万円もして、しかも秋葉原のディープサウスにあったインド系の人が店長やっているガレージ風のお店でしか売ってなくて、ちょっと怖かった。鼻歌みたいな曲が、コードによってスティーリー・ダンみたいになるのが驚異的であった。後にコードを指定するとメロディーを生成してくれる機能も付いた。

「M」(eYES)
……これは今でも現役で、OSX版も出ている。MAXの技術をベースにジョエル・シェデイブが開発した、アルゴリズミック・コンポジション(法則性による作曲)のためのシーケンサー。三拍子、四拍子などが同一シーケンスに同居できるものはこれのみで、スティーヴ・ライヒキャプテン・ビーフハート風の曲を書くのに最適だった。高橋悠治巻上公一が早くから使っていたが、今は菊池成孔の東京ザヴィヌル・バッハが使ってることで知られているだろう。時間軸を持たないシーケンサーで、ほっとくと永遠に演奏(=作曲)し続ける。昔、電子音楽の一つのスタイルとして、タージ・マハル旅行団みたいに24時間延々演奏し続けながら、音の洪水の中にモワレ模様を発生させるというような呪術的な志向の作品というのがあった。そのために奏者は演奏し続けることを強要されて大変だったと聞くが、そういう意味では、これはそのコンセプトを体現したものである。今の「Ableton LIVE」なんかの遠い親戚にあたると思う。

「Muzys」(Muzys)
……これが登場した時は衝撃的であった。普通のDAWソフトに見えるが、全トラックが標準でサンプラーを装備しているため、音源は不要である。AIFFファイルを読み込むだけで、それを自動解析でテンポ同期してブレイクビーツとして貼り付けたり、MIDIでポリフォニックで鳴らせたりという、全行程がシームレスで行えるというもの。後にVSTプラグインが使えるようになって最強になるが、OS9でその宿命を終える。

「VocalWriter」(KAE Labs)
http://www.kaelabs.com/
……ウィンドウズだとヤマハの「Vocaloid」なんかが今はあるんだと思うんだが、これはそれよりずっと前に出ていた、マックで初めての歌詞を歌わせるソフト。マック標準搭載のMacin Talkのフォルマントを利用してるのだが、内蔵されているGMソフト音源で変調させたりして、声色も自由に作れた。入力方法は、MIDIを通して鍵盤演奏を記録した後、音符ひとつひとつにアルファベットで単語を入力していくというもの。OSX版も後に発売された。たぶん、コーネリアスがロボヴォイスで使っているのはこれではないか?

「Xx」(U & I Software)
http://www.uisoftware.com/PAGES/index.html
……先日紹介したレンダリング系シンセソフト「MetaSynth」の入力デヴァイスみたいなソフト。「MetaSynth」は、X-Y軸のパレットに書き込んだ絵や文字のドットを演奏データにして、ドレミを鳴らすというもので、いわゆるMIDIによる鍵盤でのコントロールができなかった。そこで、このDAWソフトを立ち上げて、MIDI鍵盤で演奏したシーケンスをビットマップデータで吐き出し、それを「MetaSynth」で読み込んで再生すると音階演奏になるという、なんともややこしいソフトであった。エリック・ウェンガーは意地でもOSX版を出すそうだ。
スタンドアローン動作系)

「サイバーシンセ」(Cyber Sound)
……これはたぶん、民生用のソフトで初めてのリアルタイムで演奏ができたソフト・シンセサイザー。早くも、フィジカル・モデリングの音色合成を採用していて、ローズとかの打鍵の響きもいい。後に開発スタッフが独立してBitHeadzという会社を立ち上げ、「Retro AS-1」「DS-1 Unity」といった名作ソフトシンセを世に出すことになる。たぶん、「Retro AS-1」を初めて買った日本人は私だと思う。当時、BitHeadzは通販をやっておらず、決済手段がなかったので支払いに困った記憶がある。その後、セールス部の担当者から日本の楽器代理店事情をいろいろ相談されたこともあった。

「Beatnik Editer 2」(Beatnik)
……これも衝撃的だった。なんとトーマス・ドルビーがアメリカで開発したDAWソフト。MIDIを接続して、標準搭載のGM音源や自分で読み込んだサンプリング音をマルチで鳴らせたのだが、なんとこれが無料ソフトだったのだ。ダイヤルアップの低速度回線の時代に、QuickTimeヤマハのMID Playerみたいなブラウザ用の音楽用プラグインとして「Beatnik」というのを無料配布していたのだが、「皆さんも作曲用としてこれを使って下さい」ということで、この「Beatnik Editer」のほうも無償配布していたんだと思う。搭載されているGM音源はデータ量は軽いのだが、トーマス・ドルビーが『地平球』で使っていたような音が内蔵されていたのでコーフンした。たしか、これを使った「ハイパーアクティヴ・リミックスコンテスト」ってのもやってたんだよな。後にドルビーは同社のプロモーションのために来日して『週刊アスキー』なんかにも登場していたけれど、現在は地味なソリューション専門の会社になってるみたい。

「Chord Studio 2」(Studio Soft)
http://www.studio-soft.co.uk/chord_studio/index.shtml
……鍵盤を抑えるとコードネームが表示するだけの、便利小物系。鍵盤とDAWソフトの間に挟んで使っていた。コードネームを入力することで、MIDI信号を出力させることもできたので、シーケンサーにつないで使うと、808STATEみたいなスライド・コード入力が簡単にできた。地味なソフトだが、OSXで代用できるものは今のところない。

「Chord Transcriber」(Musician's Ear)
……CDプレーヤーなどをPCの入力に接続して、再生音を分析しながらコードを解析してくれるソフト。分析結果はコード・ネームで、第一候補から第四候補までが表示され、任意に選べる。なぜかウィンドウズ版のみ日本で市販されていた。私が初めて海外通販で買ったソフトだと思う。

「Transcribe!」(Seven String)
http://www.seventhstring.com/
……これもコード解析ソフトなのだが、「Chord Transcriber」が外部入力専用だったのに対して、これは音声ファイルを読み込んで使う。カーソルで位置指定すると、その指定された箇所の周波数分布がグラフ表示されるというもので、グラフの結果が、鍵盤の(周波数分布の)スケールと対比できるようになっているので、コードを見つけるときの目安になるというもの。理屈で言えば、倍音の多い音楽には向かない。これには裏的な使い方があって、読み込んだファイルを再生するときに、リアルタイムで鳴らしながら途中からピッチチェンジできたり(これはかなりレア)、カーソルでごしごしスクラッチみたいに使えたりするのが発見だった。「ableton LIVE」みたいな即興演奏にも、かなり使えると思う。OSX版も出た。

「Ionizer」(Arboretum)
……「HyperEngine」という無料配布しているサウンド・エディター用のプラグインで、演算ノイズ処理の元祖的ソフト。例えば、古いカセットテープの音をPCに取り込みたい場合、テープの冒頭の無音部分(ヒスノイズのみ)を指定して最初にアナライズしておくと、その後に入っている音楽などを再生した時に、ヒスノイズのみがキレイさっぱり消えるという魔法のソフト。ビートルズ「フリー・アズ・ア・バード」制作時に、ジョン・レノンのカセット・テープをノイズ処理していたと言っていたが、たぶん同様の人工知能タイプの演算処理ソフトを使ってたんだと思う。「鶴光のオールナイトニッポン」も、これで処理するとFM番組みたいにキレイになる。現在は売ってなくて、後継のノイズ処理プラグイン「RayGan」のみの扱いだが、これはリアルタイム処理のバカチョンソフトなので、用途に適さない。

「Make A Testtone 2.0」(Audio Ease)
……周波数を数値で設定して、シンプルなサイン波を生成し、レンダリングで吐き出すミニアプリ。音階変化も設定できるので、ベル研究所のジェームズ・テニーみたいな無限上昇音(YMO「来るべきもの」のルーツ)が作れる。シンセで代用できない、実験音楽的な音を模索するのには最適。

Max/MSP-Granular2.0」(佐近田展康)
……これは実験音楽用のモジュールとして有名な「Max/Msp」用として、名古屋学芸大学助教授でミュージシャンでもある佐近田展康氏が書かれたパッチで、グラニュラー・シンセシスをX-Yパネルで制御できるもの。『サウンド&レコーディング・マガジン』の連載と連動して、佐近田氏のウェブで公開されていたものに、私が勝手に録音ボタンを付けてカスタマイズしてみた。グラニュラー・シンセサイザーとしては、このプログラムは最高峰だと思う。

Max/MSP-Scratch.beta」(佐近田展康)
……同佐近田氏の公開しているパッチの一つで、音声ファイルを読み込んで、マウスでスクラッチができるというもの。結構それっぽく聞こえる。これも私が勝手に録音ボタンを付けて、AIFFファイルを吐き出すように改造している。

「Realtime Granular Synthsizer2.1」(RGTS)
……これもグラニュラー・シンセサイザーなのだが、MIDIで制御できるのはこれぐらいだろう。Max/Mspをベースに制作されていて、シェアウエアで配布されていた。開発者とは何度かメールでやりとりしたが、ベースは佐近田展康氏のグラニュラーのパッチを参考にしているみたい。

「Chao Synth」(NRY Sound)
……珍しい倍音加算合成のヴァーチャル・シンセ。「MetaSynth」と同じようにレンダリングして吐き出すのがメインなのだが、モノフォニックでMIDI鍵盤で鳴らすこともできた。しかし、重量オシレーターによる音色合成なので、ブチブチ言ってリアルタイムではとても使い物にならなかった。
プラグイン音源系)

「Phatmatik Pro」(bitshift audio)
http://www.crypton.co.jp/jp/bitshift/products/phatmatikpro.html
……これはDAWソフトで立ち上げて使うヴァーチャル楽器のプラグインで、サンプラーみたいに音声ファイルを読み込んで、鍵盤でリアルタイムで鳴らせるもの。元々はブレイクビーツを読み込んで即興でスライスして、テンポ同期させるためのソフトだったと思うが、スライス箇所は任意で切れるので、例えば「あけましておめでとう」などのダイアローグを読み込ませて、音節単位でスライスすると、自動的に鍵盤に割り振られて、「あ、け、け、お、め、あ、け……」みたいなことができる。こういう使い方の場合、代替ソフトは存在しない。結構人気があって、パッケージ版(大量のサウンドファイルが付属)は品薄らしい。

「Delay Lama」(Audio Nerdz)
http://www.audionerdz.com/index2.htm
……これも有名なヴァーチャル・シンセで、マウスを動かすとラマ僧がホーミーみたいな声で歌うというもの。このラマ僧のキャラが人気らしく、Tシャツなんかも販売されている。そんなことより、Tiger(OSX10.4)で動かないのでなんとかしてほしい。

「QuadraSID」(reFX)
http://www.refx.net/?page=!_quadraSID
……これも有名で、昔のアーケードゲームなどで使われていた懐かしいSID音源を、DAWソフト上でMIDIデータでリアルタイム演奏できるようにしたプラグイン。プログラムで音色も書けるし、クラッシュ音とかビープ音とか火山の爆発音とか、だいたいの音はプリセットデータで流用できる。OSX版もあり。
エフェクター系)

「GRM Tools Freeze」(GRM Tools)
http://www.grmtools.org/
……フランスの現代音楽研究所INA-GRMが開発した、SteinbergDAWソフト「Cubase」用のプラグイン。Vol.1、Vol.2で構成される。これはその中に入っている、グラニュラー・シンセシスの「フリーズ効果」が簡単に作れるもの。グラニュラー・シンセシスというのは、音の粒(グレイン)を抽出して、それを粘土のようにグニャグニャ変形できるというもの。例えば、人間の声をサンプルして、純度の高いループ音を作ろうと思った場合、より短いループにすればよいと波形単位まで小さくしていくと、単なる「ブーン」というビート音にしかならない。おそらく音色というのは、シンセサイザーの波形の繰り替えしのような単純なものではなく、波形A+波形B+波形C+波形D+波形E……というように、微妙な変化を伴った波形の連続が一つの音色として認識されているからではないかと思うのだが、その音色として認識できる最小単位の固まりを、粒(グレイン)として抽出してループで繰り替えしさせることで、人工的なコーラスなどを生成することができるというもの。INA-GRMの研究者が作ったものなので、現代音楽向きだが、ポピュラー音楽にもいろいろ用途がありそう。ちなみにこれ、Steinberg社の製品なのだが、これのみSteinbergでは扱っておらず、ネット通販で扱っている店がほどんどないので、けっこう入手するのには苦労されると思う。
(マスタリング系)

「noutilus bundle-Periscope」(Audio Ease)
……これは、老舗MOTUの歴史あるシーケンサーDigital Performer」専用のプラグインとして、傘下のAudio Easeが開発したもの。現在はVST版なども出ている。グラフィック・イコライザーなのだが、周波数ポイントを任意で設定できるというもので、なんと周波数ポイントのカットが「O」まで絞れる。こんなグライコ後にも先にも見たことない。

「T-Racks24」(IK Multimedia)
……人気サンプル・プレーヤーの「SampleTank」を出しているイタリアのブランドのマスタリング・ソフト。内蔵されているコンプレッサーの回路は、ビートルズで有名な真空管エフェクターの名機フェアチャイルドの周波数特性をエミュレートしたものらしい。けっこう痩せた音などをぶっ込むと、簡単にファットな音になる。