POP2*5

過去にはてなダイヤリーで連載してた連載コラムのアーカイヴです。

アート・オブ・ノイズ再発記念。ああ憧れのフェアライトCMIの音を再現す!

 以前、再結成メンバーによるアート・オブ・ノイズの新作『ドビュッシーの誘惑』が発売された際、米国のネット通販の先駆け「CD NOW」が購買者特典として、デビュー前のデモ、未発表曲、リハーサルテイクを集めたオマケのCD-Rを付けたことがあるが(『電子音楽 in the (lost)world』参照)、今回、その全貌を公開するZTT時代の音源を集めたボックスが近々リリースされることとなった。
 同グループは、元バグルズのベーシスト兼ヴォーカリストだったトレヴァー・ホーン(後のシール、タトゥーのプロデューサー)が、『NME』の記者だったジャーナリスト、ポール・モーリィをブレインに迎えて結成した、顔の見えないプロデュース集団。彼らは、産業革命時代の工場の騒音を美的に捉えた、イタリアの美術運動「未来派」のコンセプトを現代に復活させるべく、アイランド傘下にZTTなるレーベルを設立する。黎明期のサンプリング・サウンドを武器にした、アート・オブ・ノイズ名義の実験的なアルバムなどを発表しながら、イエス、ABC、バウワウワウ、マルコム・マクラレン『俺がマルコムだ』、フリップ・ジャップなどのプロデュース作で、異能集団ぶりをアピール。後に同レーベルが輩出した新人、フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドプロパガンダなどが各国のチャートを席巻するヒットを樹立し、その存在を世界に知らしめることとなった。ファースト・アルバム『誰がアート・オブ・ノイズを…』は、荘厳な宗教音楽のような完成度を誇っており、これが高く評価されたことから、トレヴァーやモーリィがスポークスマンとしてメディアに登場する機会も増えた。だが、実質的なサウンド・メーカーだったのはフロントの2人ではなく、作曲家のアン・ダドリー、プログラマーのJ.J.ジャクザリュク、エンジニアのゲイリー・ランガンの裏方3人。やがて、レーベルの実質的タイクーンと呼ばれたトレヴァー夫人(ルネッサンスのジョン・シンクレアの実妹)やZTTのスタッフに反旗を翻す形で、3人はクーデターを起こし、グループ名を持ったまま、クリサリス傘下の新興レーベル「チャイナ」に移籍してしまう。ミスター・マリックの登場テーマ曲でおなじみ「レッグス」などは、独立後に発表されたナンバーだ。
 オーストラリアで発売されたサンプラー第一号機「フェアライトCMI」は、植民地時代の名残で、ディスプレイや交換パーツなどPAL方式を採用していたため、アメリカより先にイギリスで普及することとなるが、その普及に貢献したのがアート・オブ・ノイズであった。今回発表されるのは、そのごく初期の未発表曲らしい。『誰がアート・オブ・ノイズを…』以降、チャイナ・レーベルに至るまでの彼らの音楽性は、プロフェッショナル・ワークの権化のようで、いわゆる未来派らしいアマチュアイズムは音には感じられない。だが、先に紹介した初期のデモ集のCD-Rを聴いてみると、ライヒのピアノ・フェイズの応用編「Resonancs」、ドラム音をコラージュしただけの「Memory Loss」といった習作が数多く作られていたようで、出自は極めてダダイズム的なグループであったことがよくわかる。
 英国王立音楽院出身のアン・ダドリー、J.J.ジャクザリュクともクラシック畑出身のミュージシャンで、ZTT独立後の足跡を辿れば、彼らが高度な楽典的知識を持っていることがいっそうよくわかる。が、デビュー時はあえてロックンロールのようなシンプルな3コードでの作曲を課し、教養階級にではなく労働者階級に強く存在をアピールした。「3コードの復権」こそが、ロックンロール・ルネサンスである、彼らのパンク志向を象徴していた。
 実際、リリースされている公式音源の中でも、ファースト・アルバムの準備期に出された習作「イントゥ・バトル 」がもっとも好きというファンも多く、今回も、唯一の未CD化曲である「ビート・ボックス」の初期ヴァージョンが収録されるのではと、期待されている。その初期の作品群に宿っているのは、ある種、“フェアライトCMIマジック”ともいうべきもの。実のところ、チープな8ビット・サンプラー時代のフェアライトは、今の耳で聞くとローファイの極みである。ZTTサウンドの特徴だったこけおどし的なサウンドは、むしろその出力以降の処理に使われていたサウンド・プロセッサ、レキシコンのデジタル・リヴァーブそのものの音だったと指摘するエンジニアもいる。これは非公式の話だが、フェアライトはスペック的に貧弱であったため、周波数特性に恵まれないぶん、ハイが落ちるなど再現性に問題があったので、そのために出力にエキサイター(アイワのラジカセなどに付いているBBEと原理は同じブラックボックス)回路を通していたのではないかとする説もあって、サンプラーと言っても、独特の音色変化があった。だからこそ、その音に郷愁を感じるミュージシャンがあの音を再現しようと試みても、現在のサンプラーでは再現できないという声もよく聞かれるのだ。
 小生もその“フェアライトCMIマジック”に魅了された世代。アート・オブ・ノイズのような初期の牧歌的なグループの場合は、単純きわまりない音であるから、周波数処理でなんとか再現も可能かと思うが、トニー・マンスフィールドが使っていた「フーリエ変換」によるグラニュラー・シンセシスのような効果や、スクリッティ・ポリッティのような複雑なシークエンスを可能にする「ページR」などの機能は、日本で手に入る民生機の電子楽器では、しばらく代替できるものがなかった。私の知り合いの友人には、そのためにわざわざ今どきフェアライトCMIを買ったという人もいたほどだ(但し、フロッピーは入手困難な5インチである)。ニューヨークにインタビュー取材に行った時に知ったのだが、『音楽図鑑』『未来派野郎』『エスペラント』などのソロ作品でそれを使っていた坂本龍一氏も、ワン&オンリーな音に魅せられて、当時は事務所の持ち物だったフェアライトCMIを、ニューヨーク移住後に再度個人用に手に入れている(最近の作品に使われているかは謎だが)。
 一方、今日では、マッキントッシュなどのDTM環境が進化し、CPUの処理高速化であらゆるシンセサイザーのたぐいが、ヴァーチャルなプラグインで再現できるようになった。やはり往時のフェアライトCMIサウンドを蘇らせたいと思うエンジニアやプログラマーがいるのだろうか、ここ数年になってそれを匂わせるユニークなソフトがいくつか登場してきた。しかし、そのようなコンテクストで紹介された文章を見たことがないので、あくまで私の主観で書かせていただくことをお許し願いたい。
 もっとも簡単なフェアライトCMIの再生ソフトは、「Cult Sampler」(best service)というプリセットタイプのプラグイン。いわゆるDAWソフト上で立ち上げて使うヴァーチャル・サンプラーの一つだが、これは各オリジナルメーカーにライセンス許諾をとって、フェアライト、E-mu II、エンソニック・ミラージュ、シンクラヴィア、リンなどの初期のデジタル楽器のファクトリー・プリセット音を収録しているものだ。当時のサンプラーはまだメモリーが高価で、現在のようなマルチ・サンプルではなかったため、省メモリーで再生音を鳴らしていたために、オクターブ変化にはそれぞれ独特な特徴があった。「Cult Sampler」はその再現のため、全鍵盤をわざわざオリジナル機からマルチ・サンプルしている。また、もっとローファイな音を求めるユーザーには、わずかな数メガのオリジナル音だけをロードして、初期サンプラーのようにシングル・サンプルをポリフォニックで鳴らすこともできるようになっている。フェアライトのライブラリからは、有名なイエスロンリー・ハート」のオーケストラ・ヒット、アート・オブ・ノイズ「モーメンツ・イン・ラヴ」のフィメール・ヴォイスなどを収録。ただし、オリジナル機から吸い上げたダイレクトな音はかなりジャリジャリして音が痩せて聞こえるので、そのままで鳴らすと玩具のビープ音のようで、再現にはデジタル・リヴァーブのようなプロセッシングが必須となるだろう。
 トニー・マンスフィールドが、イップ・イップ・コヨーテ、ヴァイシャス・ピンクなどの12インチ・シングルで、エフェクティヴな効果のために使っているのが、フェアライトCMI markIIから加わった「フーリエ変換」である。通常、サンプラーで取り込んだ音の波形は、加工するといっても読み出し速度を変えたり(ピッチ変調)、イコライザーによるフィルタリングぐらいが限界だが、“倍音加算合成”機能を持つフェアライトでは、取り込んだサンプルの音を「フーリエ変換」で波形からサイン波の分布にトランスレートすることで、グラニュラー・シンセシスのように、ゴム粘土状に音をグニャグニャ加工することが可能なのだ。
 倍音加算合成(『電子音楽 in JAPAN』参照)は、物理学者フーリエの定理によるもので、「自然界に存在するあらゆる音は、オシレーターなどが発するシンプルなサイン波を積み上げることで再現可能である」という、もっとも初期に生まれたシンセサイザーのメソッドである。西ドイツ放送局で電子音楽の歴史が始まったシュトックハウゼンの時代に、すでに考えられていた原理だが、当時のデヴァイスでは再現不可能だった。これをデジタル時代に実現させたのが、当時としては最先端のスペックを持っていたフェアライトCMIだったのだ。こうした機能は、ハイエンドの研究用マシンであったフェアライトだからこそ搭載していたもので、日本でリリースされたデジタル・シンセサイザーでこの機能を謳っていたのは、カワイのラック・モジュールK5000などのごく一部。だが、これにはマッキントッシュ用のエディタが付いていたが、フーリエ変換といってもせいぜいポイント数は200に満たないもので、とてもオリジナル音を再現できるとは言えなかった。
 一方、アメリカのCGプログラマーであるエリック・ウェンガーが、90年代中期にマッキントッシュ用のヴァーチャル・シンセとして、初めての本格的なフーリエ変換を可能にした「MetaSynth」(U&I Software)を発表した。
 「MetaSynth」は、いわゆる今のようなMIDI制御でリアルタイムでにコントロールするヴァーチャル・シンセではない。発明者がCGプログラマーらしく、演算して音を書き出すレンダリング型のソフトである。メインのパネルにスケールがあり、縦を周波数、横を時間軸にとって、その音色変化をビットマップのペイントソフトのように書き込むことで、無限の音色合成を可能にするというもの。ここで縦に取られた軸にひとつ点を打つと、それがサイン波一つに相当するため、マシンスペックさえあれば、そこに文字や図形をビットマップで描くことで、重量級の多重オシレーターサウンドを再生できる。図形を書いて再生ボタンを押してそれを鳴らすという構成は、クセナキスの考案したUPICなどと酷似したものだ。さらにこれには、AIFFなどのサウンドファイルを取り込んで、絵や文字などのビットマップデータでフィルタリングするという、結構ナゾな機能が多彩に盛り込まれているのだが、そのコマンドの中に、読み込んだ波形データを倍音加算データに変換する「フーリエ変換」のモードが付いているのだ。私は古くからのユーザーなのだが、実際に山下達郎『オン・ザ・ストリート・コーナー』などアカペラだけの素材とかならば、かなりいい線まで倍音加算合成データへの変換が可能だった。これを粘土みたいにグニャグニャいじると達郎の声が裏返ったりするのは痛快だった。アート・オブ・ノイズの「パラノイミア」という曲も、確か「レッグス」のレコーディングで呼ばれた少年コーラス隊の一人が発した「オジちゃんたちって、まるでパラノイアだ」という声をモーフィングしたものだと聞いたことがある。
 ただ、「MetaSynth」が独特なのは、この取り込んだヴォイス・データで、別のサンプラーを音階演奏できるなど(ね、わかんなくなってきたでしょ……)無限の掛け合わせが可能になっており、かなりクレイジーなソフトであるから、およそ実践向きではないと思われる。「フーリエ変換」を目的に購入するのはとてもお薦めできない、研究者やSE職人向けのソフトであろう。ちなみにこれは、設計者の思想があり、ウィンドウズ版は作られていない。マックのOS8時代からあるソフトなので、かなり軽快に動作するのが特徴である。
 それに続いて、最近注目のドイツのソフトハウスVirSynが、初めてMIDIで制御できるリアルタイム倍音加算合成シンセ「Cube」を発表。このヴァージョン1.5から、かなり本格的なフーリエ変換の機能が備わっている。私も持っているが、これは取り込んだサンプル波形をいくつも組み合わせて、X-Y軸上に並べながら音作りをするという独特なプロセスで音作りをする。例えばおちゃめな使い方としては、テレビ東京大橋未歩アナとかに放送禁止用語を言わせたいなんていうときに、サンプラーみたいに切り貼りではなく、フーリエ変換した「お」「×」「こ」といったフォルマントを並べて、その読み取り手順などをベジエデータのようなアクションとして設定しておくと、倍音加算データの各周波数パラメータがそのまま時間の推移によって変化し、いわゆる口の動きをアニメーションで再現したようなナチュラルな音として再生されるのである(一応、理論上ではってことでね)。ただし、「Cube」では1音色を構成するオシレーターの数が膨大になるので、ウィンドウズ機ならまだしも、ウチの1.2Gシングルのマックでは、再生時にヒーヒー言っているというのが状況である。
 最後に、フェアライトの簡易シーケンサー「ページR」について触れておこう。フェアライトが登場した80年代初頭はまだMIDI規格登場前夜で、シンセサイザーやシークエンサーなどの接続規格として、我々多重録音世代には懐かしい、CV/ゲートという端子が使われていた。しかし、MIDIのような互換性がまだ確立される以前だったため、コントロール電圧比やオフセット値などもメーカーごとにバラバラであり、フェアライトに用意されていたCV/コネクションの端子も、オプション扱いであった。そのため、フェアライトCMIでは、それを付けなくてもプログラミングして使えるように、本体内に簡易シーケンサーとして「ページR」というプログラムを用意していた。これは8音のマルチ・ティンバー(またはポリフォニック)で鳴らせるというもので、ディスプレイの画面上の横軸を時間変化にとり、縦軸の8つのグリッドに音色、音階を自由に並べることで、初心者でも視覚的にシークエンスが組めるという、かなり優れたシーケンサーであった。日本では、ディーヴォのマーク・マザーズボーと立花ハジメが『テッキー君とキップルちゃん』『太陽さん』などのアルバムで、フロッピーの往復書簡でセッションしたエピソードが有名だろう。5インチのディスクに音色データと演奏データ(音階、リズムなど)をセーブでき、離れた場所でも完全にシークエンスを再現できるだけでなく、パズルのように自由に組み合わせてさまざまなヴァージョンが作れたのだ。坂本龍一とトーマス・ドルビーがジョイントした「フィールド・ワーク」というシングルも、両者の再生スペック環境が同等という条件があってできたプロジェクトで、同じ素材を採りながら東京とロンドンで別々の形で楽曲が進化していくプロセスは、非常に興味深いものであった。
 この「ページR」がユニークだったのは、いわゆる音階、リズムだけでなく、音色を自由にマッピングできたことである。例えば、フェアライト本体に100音の音色がロードされていたとする場合、8つのパート(ティンバー)それぞれが8つの音色に固定されるわけではなく、各パートの1音符づつに100音色を自由にアサインできたのである。スクリッティ・ポリッティの「ヒプノタイズ」という曲の目まぐるしい音の変化によるシークエンスなどは、この象徴的な使用例と言っていいだろう。実は、その後リリースされた、標準的なサンプラーで、こうした使い方ができるものはほとんどないのである。
 この機能を、PC上に再現できるようにしたのが、Steinbergの「X Phraze」である。これもまた、DAWソフト上で立ち上げて使うヴァーチャル・サンプラーの一つなのだが、設計がかなり独特で、これ自体がメインのDAWのスレーブとしてテンポ同期する、昔のステップ・シーケンサーのような構造を持っているのだ。このステップ・シーケンサーが、やはり横軸を時間推移にとったグラフィカルな構成で、同じようにマルチティンバーの各パートとも、一音符に一音色づつ自由にアサインできる。自分でサンプリングして音を取り込むこともできるが、すでに用意されているファクトリー・プリセットがすこぶるよくて、ほとんどスクリッティ・ポリッティ的な「ページR」風の使い方を想定してるのではないかと思うほど、キュンとなる音がたくさん入っているのだ。私などはそれを普通に鍵盤で鳴らして十分使えると思っているほど、パキパキとしたエイティーズな音なのである。
 ところが、今回原稿をアップする段階で調べてみたら、Steinbergの国内輸入代理店のであるカメオ・インタラクティヴのサイトを見ると、個性的すぎるのが仇になったのか、これのみ扱いを辞めちゃったみたいね。まあ、こういう独特なアプリケーションを見つけてコーフンしている人間などごくわずかで、私みたいな変人ばかりなんだろうな。